続・人間老いやすく、学成りがたし: 金原明善没後100年で振り返ることは大切ですが、すべてが良いわけではないですので、その辺はきちんと見極める必要があります。

2023/09/03

金原明善没後100年で振り返ることは大切ですが、すべてが良いわけではないですので、その辺はきちんと見極める必要があります。

  中日新聞デジタル静岡版に、「金原明善の教えを今こそ防災に 天竜川治水など功績 没後100年で振り返る動き」という記事が出ています。

 没後100年となる実業家金原明善の功績を振り返る動きが、各地で見られることを伝える記事で、金原明善と言えば天竜川の治水に取り組んだことで有名で、彼の思想と行動は、戦前から今日に至るまで高く評価され、郷土の「偉人」として顕彰されていて、中日の記事もその方向での報道ですが、他方で松島十湖(1849~1925)が金原明善の治水実践を批判した事例のように、金原をめぐる評価は必ずしも「高評価」ばかりではなく、近年の歴史研究の成果に目を転じれば、金原明善を「偉人」として顕彰する言説が、近代天皇制国家における支配イデオロギーとなっていたことも明らかにされているわけです。

 天竜川の治水に関しても、地元の支持のもとになされたものではないということは、『近代静岡の先駆者』(静岡新聞社)「金原明善」の項で斎藤新氏により指摘されていて、みずからの全財産を捧げて改修事業に取り組もうとしたという言説も、金原明善家の家産は治河協力社解散時に返還されていて、治河協力社についても、斎藤新氏はその私的性格を指摘しています。

 浜松市内の学校では金原明善を「偉人」として教えていますが、人間は良い部分も、必ずしもそうではない部分もあるというのが世の常で、「偉人」と評価するのはどんな人でもなかなか難しいものですから、地域でさまざまな事業を展開した明善は「偉人」とするよりも、実業家として評価すべきだと思います。

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