続・人間老いやすく、学成りがたし: #政治・行政
ラベル #政治・行政 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル #政治・行政 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2023/09/23

何故こういう人が国会議員になれるのか。それが不思議。

  9月20日の朝日新聞デジタルに、「杉田水脈議員の「人権侵犯」認定 アイヌへの差別的投稿 札幌法務局」という記事が出ています。

 遠藤乾教授のコメント、まさにその通りです。何故こういう人が国会議員になれるのか、非常に不思議に思います。「人権」という言葉が世の中にあふれているのに、日本人の身になっていないのかと思うと、なんだかんだ言って「人権」問題が多いことを考えると、「水田議員の存在」が、それを象徴しているのではないかと思わざるを得ないわけです。

 先の関東大震災での朝鮮人等の殺害の事実を、「根拠が無い」と言い張るのを考えても、日本という国は、どこまでも自らの誤りを認めず、反省をしない国であると思わざるを得ないわけです。

 そのような国に住む者として、ただ、ひたすら「恥ずかしい」としか言えないですね。

(追記)9月23日の朝日新聞社説では、「杉田水脈氏 もう議員の資格はない」と書かれていますが、まぁ変わらないでしょうね。

2023/09/20

公文書管理法と情報公開法は、あくまでも理念と目的をうたっているだけで、実際に運用するのは行政ですから、彼らがどう考えるかです。

  9月20日の朝日新聞デジタルの社説は、「「森友」公文書 開示が原則、徹底せよ」ですが、公文書管理法と情報公開法は、あくまでも理念と目的をうたっているだけなので、実際に法律を運用するのは行政ですから、彼らの考え方次第で、「開示」するか、そうじゃないかが決まります。

 「開示」するための法律だったはずなのですが、これらの法律ができて、逆に「開示」されなくなったことが多くなったのではないかと思います。法律ができる前は、自分たちの運用でよかったものが、法律ができるとその基準が当たり前になるため、自分たちの運用の幅も狭くなるわけで、それまでできていたことができなくなったということが多くなるのと同時に、法律が前提になるので、それの中で対応するしかなくなるので、できることがよけい狭くなるわけで、何か問題になるよりは、むしろ「開示」しないという方を選ぶわけです。

 「行政の裁量を広範に認め、情報公開制度の趣旨を理解していない」というよりは、問題にならないことを優先するので、本来の趣旨よりも狭くとらえていくのを前提としているわけで、行政は組織で対応するため、個人レベルでは理解していても、組織の判断になると変わってくるのです。不思議なもので、大勢で議論していくと、多くの場合無難な結論になっていくもので、誰も責任を取らなくても良い方に流れて行ってしまうため、森友問題も、なお多くのなぞが残ることになってしまうのです。

2023/09/18

政府による朝鮮人虐殺は「記録ない」は、資料のつまみ食いですね。

  松野博一官房長官は8月末に「記録が見当たらない」との発言が、中央防災会議の専門調査会が2009年に出した報告書を根拠資料としているということで、朝日新聞デジタルでは、9月17日付けで「朝鮮人虐殺の記録に透ける「何とか小さく」 研究者「今の政府も」」、9月18日付けで「政府は朝鮮人虐殺「記録ない」 報告まとめた学者は「読んで判断を」」という記事が出ています。

 17日の記事のほうでは、公の記録はいろいろあるにもかかわらず政府は無いとしていることへの批判であり、18日の記事は中央防災会議の専門調査会が2009年に出した報告書は、「政府機関が当時公表した情報からどれだけのことが言えるかという、非常に限定的な範囲のもので、当時の政府発表の焼き直し」であり、当時の委員が、「過小評価しているという批判は当然こうむるだろうと思いながらまとめたもの」であるものなので、それを根拠とすれば、「無い」との判断になるのは当たり前で、自分の都合がよいように資料をつまみ食いする典型のものです。

 世の中は、資料をつまみ食いすることが多いので、様々な発言は、その根拠に戻って確認しなければならないということを、世に広く知らしめる事例が、今回の政府見解ですが、そのような訓練を受けている研究者はともかく、多くの人はそのまま鵜呑みにしてしまうので、訓練を受けたものがきちんとその間違いを指摘することはとても大切なわけで、微力ながら、このブログも、その一部として役に立つことを期待して書いています。

2023/09/14

考察対象になる県知事って、一体なんなんでしょう⁉

 9月12日の中日新聞デジタル静岡版に、「静岡県の川勝平太知事が失言を繰り返すのはなぜか? 専門家や元部下が考察するに…」という記事が出ています。

 名物(●惑?)知事である川勝知事ですが、「なぜ失言は繰り返されるのか。」という点で、考察の対象になっています。ここまでいろいろな話題を振りまいてくれると、疑問に思う人も多いからでしょうね。

 「興味を引く言葉や面白い話題を探すばかり」で、「自分がどんな場で話しているかの認識が甘い」と指摘する「話し方研究所」の代表のコメントは、よく見ているなぁと思います。知事はもともと大学の先生ですから、学生に向かって「興味を引く言葉や面白い話題を」話すのが、身についているのではないかと想像するのですが、それが政治家になってもそのままで、おそらく知事本人はおもしろいことを言えたと思っているのでしょうが、勢いで言ってしまっている部分があるために配慮が足りずに、後から周囲から指摘されるという感じなのではないかと思います。

 ここまで何度も繰り返すのですから、おそらく本人は自分の発言を失言とは思っていないはずで、もしかすると何が失言なのかもわかっていないかもしれませんね。知事には何度がお目にかかってお話させていただいたり、近くでお話を伺ったことがありますが、県庁内での顔と、庁外での顔とがあり、さらに別の顔を持っているという感じの方だなぁと思っています。政治家チックな方で、ご自分に自信があるので、周りの意見をあまり受け入れないところがあるので、まぁ、この先もこんな感じでしょうね。

2023/09/12

専門職の人手不足をAIに代替させるのは、難しいでしょうね。

 9月6日の朝日新聞デジタルに、「AI導入の落とし穴 人手不足の学校や児相で「本末転倒なDX」も」という記事が出ています。

 「学校や自治体で、一人一人の子どもの個人データを連携させたり、それをもとにAIに虐待のリスクを判定させたりする取り組みが進」んでいて、「現場からは人手不足や縦割りの解消にと期待する声」があるとのことですが、「データ化を進めたからといって必ずしも楽にはなるとは限らない」という横浜市立大の先生のコメントが出ています。

 「国や事業者は、「人手の少なさをデータ化と自動化でカバーできる」などとして各自治体にシステムの導入をすすめ」ていて、「職員が足りておらず負担を減らしたい自治体は、それに乗りやすい」のが現実ですが、記事にもあるように「ごく単純なプロセスの手間を省くDX(デジタル化)なら一定の効果はあるでしょう」が、「子どもに関わる複雑なプロセスで専門職の人手が足りていないところをAIに代替させようとしても、人手が足りないまま済ませるのは難しい」のが事実だと思います。

 自治体は机上の計算で物事を判断する場合が多いですが、実際に人がかかわる作業は計算通りにはいかないのはもちろん、特に専門職が行うようなことは、まだまだデータ化しきれるものではなく、専門職ならではのコツがあったりしますし、日常的にその分野にかかわっているから気がつくことなども多いわけです。ですから、それをAIに代替させようにもAIが学習できるデータになっていないことも多く、AIのそこまではまだいっていないわけです。やはりある程度人を配置しないとならない部分はあるわけで、それを安易にAIで代替させようとすると、かえって混乱してマイナスになってしまう可能性があるのですが、自治体などはなかなかそこまで考えないというか、危機管理不足というか、まぁどうにならないと気が付かず、ただ何かあっても自分たちが悪くないと思うという、最も人間らしいところがあるんです。仕方ないですけどね。

2023/09/04

ドイツでは、原発再稼働説は「終わった話」。こういうことこそ、大事な政治判断です。

 9月2日の朝日新聞デジタルに、「ドイツ首相、原発再稼働説を一蹴「終わった話」 4月に脱原発完了」という記事が出ています。

 今年4月、最後の原発3基が送電線から切り離され、60年以上に及ぶ原発の歴史が終わったドイツで、国内にくすぶる原発再稼働説についてショルツ首相が、現地公共ラジオのインタビューで、「ドイツにおいて、核エネルギーの問題は終わった話だ」と語ったということです。

 昨年2月にロシアによるウクライナへの全面侵攻が始まってエネルギー供給への不安が高まり、今年4月の世論調査でも原発停止について「反対」が「賛成」を上回り、ショルツ氏の社会民主党と連立政権を組む自由民主党の議員団が、今週、稼働が止まったばかりの3基について解体を停止するよう求める声明を採択するなかで、国として行った「脱原発」の判断を貫く姿勢を明確にすることこそ、政治家として重要なわけです。こういう点は、日本の政治家は弱いですね。なんとなくどっちつかずで、八方美人的な態度を取りがちなので、よけいイライラします。

 ただ、ドイツの「脱原発」の判断は、そもそも東京電力福島第一原発事故を受けてのことで、当事国は東京電力福島第一原発の処理水放出で新たな問題が起きているのに、はっきりしない態度を取っているわけで、こういうところが政治的な成熟度の違いなのでしょうか?

2023/08/30

「教師を取り巻く環境整備について緊急的に取り組むべき施策(提言)」、確かにあまり期待したものではないですね。

 8月28日、中央教育審議会「質の高い教師の確保特別部会」が、「教師を取り巻く環境整備について緊急的に取り組むべき施策(提言)」を出しました。

 これを受けて「給特法のこれからを考える有志の会」が、記者会見を開き、「「期待していたものではない」などと批判した」とのニュースが、28日の朝日新聞デジタルに出ています。

 具体的に「教師を取り巻く環境整備について緊急的に取り組むべき施策(提言)」を見てみると、確かにいまさら感が否めない感じで、期待していたようなものはない感じですね。記事にあるように、「3分類」は以前から出ていたのに進んでいないやつですし、何でそれが進んでいないのかもはっきりさせないで、改めてこれを入れるということが、そもそもダメですね。

 ただ、「法改正がいらず、すぐ取り組める項目に絞って提言に盛り込んだ。」とされているので、すぐに取り組んで、変えてください!

2023/08/17

国立博物館は、その国のアイデンティティじゃないの?

 8月12日の朝日新聞社説は、「博物館の苦境 国は当事者意識を持て」というタイトルで、国立科学博物館が、標本や資料を収集・保管する費用にあてるため、クラウドファンディングで寄付を募り、わずか9時間で目標の1億円に達したことを受けての社説です。

 博物館は、「過去を起点に現在や未来の社会のありようを考える」ための資料を集め、次世代へ引き継ぐ非常に重要な役割を持っているわけで、つまりその国が何たるかを語る材料がそろっている施設ということであるのですが、そのような施設が資金不足ってどういうこと?って感じです。

 わずか9時間で目標の1億円に達し、8月11日までに約6億円が集まっているという事実は、まだ一般国民は捨てたものではないということがわかり、ほっとした感がありましたが、逆に国は何をしているのか?という怒りがこみ上げてきます。

 「日本を代表する博物館が光熱費を工面できず、寄付に頼らざるをえないという帰結を政府はいったいどう考えているのか。」、「6割の館で資料購入にあてる費用が全くないとの調査結果もある。収蔵庫が不足し施設は老朽化が進む。学芸員には専門性が求められるのに、非正規雇用も多い。」、「政府は博物館に観光の中心になれと旗を振るが、最低限の活動もままならないのに、なぜそれが可能なのか。」など、社説にもいろいろ書かれていますが、「国が果たすべき役割について真剣に考えてもらいたい。」というのは、まさにその通りです。

 ただ、ある意味このようなものですら、もはや行政に頼る時代ではないのかもしれません。行政に頼らなければ維持できないとなれば、この先も常に存続が危ぶまれる状況が続く可能性があるわけですから、今回クラウドファンディングという新しい資金の調達方法が見いだせて良かったのかもしれません。

2023/08/15

戦後の日本の自由は、本当の自由なのか?

 今日8月15日の朝日新聞社説は、「戦後78年 日本と世界 自由を「つかみかえす」とき」というタイトルです。

 「占領下に置かれた日本は社会の自由を取り戻した。」とありますが、これは、本当なのでしょうか?

「『君たちはどう生きるか』の著者、吉野源三郎が当時の実感を回想している。
 「日本人自身が自分の手でこの改革をなしとげたというよりは外からの打撃によって旧(ふる)い勢力が打ち倒されたおかげが大きかったので、そう手放しに喜ぶことはできませんでした」(『職業としての編集者』)」

と、社説にありますが、外からの打撃によって旧い勢力が打倒されて、外からの勢力がそれに入れ替わり、その国のやり方に変わっただけなのではないでしょうか。我々は、日本として本当に自由を手にいれたのでしょうか。

 もし、日本として本当に自由を手に入れたのならば、「米軍統治下におかれた沖縄では、基地のため住民の土地が奪われた。権利が踏みにじられたまま日本復帰後の今に至る。」のは、何故なのでしょうか。自分の国の土地に対する権利が踏みにじられたままなのは、我々が本当の自由を手に入れていないからなのではないでしょうか。

 「この構造を日本社会はどこまで自覚してきただろうか。」というのは、我々が自由だと思っているのは、「アメリカが認める範囲内での自由」だということなのでしょうか。つまり、我々は本当の自由を手にした国家ではないということを指しているのでしょうか。

 ウクライナに対して、「負けて自由を得るという選択肢はない。」と言っていますが、歴史上、「負けて自由を得」た国が、どこにあるのでしょうか。

 「とことん議論する必要がある」のは、「防衛費の増額が内容の吟味も不十分なまま進」み、「貿易や投資にあたっては安全保障への配慮が当然のごとく語られ」、「「学問の自由」を守るため軍事研究に慎重な日本学術会議への政府の圧力が、やまない」のは、「アメリカが認める範囲内での自由」だからだということなのではないでしょうか。

 「敗戦で得た自由を、市民がわがものと受け止め、日々生かしてゆく。」などと社説に書くこと自体が、まさに「政府の責任を問うジャーナリストの役割」を果たしていないと考えられるのです。

2023/08/11

日本では文化的な専門職は、その必要性を行政が強く認識していないので、設置が難しいわけです。

  「学校図書館問題研究会」第38回全国大会が、大阪私学会館で8月5~7日に開催され、大会アピールが採択されました。今年のアピールは、「「専門・専任・正規」の学校司書の配置と学校図書館の充実を求めるアピール」です。

 アピール文にもあるように、今年2023 年は、すべての学校に学校図書館の設置を定めた学校図書館法公布から70 周年で、1997 年に司書教諭の配置に関わる「改正」があり、2014 年には学校司書が法律に位置づけられましたが、学校図書館と職員を取り巻く環境は変わっていません。

 我が国において文化的な専門職は、学校司書に限らず、その必要性が十分に認識されているとは思えません。図書館司書しかり、公文書館専門職員(アーキビスト)しかり、近年は学芸員ですら非常勤というところも多くなってきています。あるいは教育の専門職である教員も近年いろいろな問題が指摘されていることを考えると、似たようなものかもしれませんね。

 専門職を設置するということは、その業務しか行わない人材を採用するということですから、ゼネラリストを重視する我が国で、スペシャリストは取り扱いにくい存在なんだろうと思います。特に行政においては(学校司書や図書館司書、アーキビスト、学芸員など、基本的には職場が行政であることが多いですから)、同じ人件費でいろいろなことをする行政職に比べて、特定の業務しかしないため(それゆえ専門職なのですが)、コスパが悪いわけです。いろいろな部署を異動しながら出世するゼネラリストに対して、スペシャリストは異動も狭く、どれだけ職務上の知識や能力が身に着いたかどうかの判断も難しく(というか、人事課は行政職ですから、専門職の専門性の判断は難しいわけで)、出世のタイミングやポジションも困るわけです。もちろん専門職は出世とかそのようなことを望まない人も多いですが、かといって年齢があがるにしたがって給料は上がってくれないと困るわけで、行政内に位置する場合、行政職からすれば、取り扱いにくいわけです。それがすべての原因とは思いませんが、行政においてはある程度専門的に業務をこなす必要がある部署もあり、そこに異動すればそれなりの知識を身に付けて、外からみればそれなりに専門的な業務をこなしているわけで、そんな状況からすれば、その業務のみを一生専門にこなす人材を置く必要があるのか?となるんだろうと思います。しかし、世界を見れば一目瞭然で、専門職は必要なわけです。ただ、日本はガラパゴスな国なので、(特に行政で)それがなかなか通用しないところが、専門的な仕事をしている人間からすると、モヤモヤするわけです。

2023/08/08

教員の奨学金返還の減免、進めるべきですね。

 8月4日の朝日新聞デジタルに、「教員の奨学金減免へ 文科省、概算要求方針 人手不足解消に」という記事が出ています。

 文科省が教員不足を解消のため、教員の奨学金返還を減免を行う必要経費を、来年度予算案の概算要求に盛り込む方針だということです。

 現在、奨学金が少子化の原因の1つである可能性が指摘されるなかで、子どもを相手とする教員の奨学金減免が行われることは良いことだと思います。子どもが減っても、教員のある程度の数と質を確保することは必要なわけで、教員の待遇改善の1つとすることで、多少なりとも教員を目指す若者が増えてくれることを期待したいわけです。

 日本育英会(現日本学生支援機構)が、03年度まで、無利子の奨学金を借りた人を対象に、教員などの職に一定期間ついた場合、奨学金の減免を行っていた制度を廃止した理由は、「採用試験の倍率の上昇などから人材確保の役割が薄れてきていること」や、「公平性」の観点を挙げているようですが、「教員の待遇改善」と意味で採り入れれば、「公平性」という観点は必要なくなるわけですし、「人材確保の役割」ということならば、今はまさにそれを果たすために奨学金の減免を行うべき時期でしょう。対象者や減免のための条件などの大枠は、今月内に固めるとのことですので、期待したいです。

2023/08/06

「被爆78年の課題」、政府はどこまで考えているのか、かなり疑問ですね。

  今日8月6日は、広島に原爆が投下された日です。それゆえ、今日の朝日新聞社説は、「被爆78年の課題 脅しに屈せず核廃絶めざせ」です。

 『バービー』公式アカウントの問題があったばかりですし、G7広島サミットでの成果を強調した政府ですが、広島の松井一実市長により「核抑止論からの脱却を促す」平和宣言が読み上げられたのに対して、どこまで真剣に考えているのか、かなり疑問に感じます。

 G7広島サミットでの「広島ビジョン」は、核抑止論を肯定する立場だったわけで、今日の平和宣言は「核抑止論は破綻している」と正反対の立場なわけで、廃絶への行動を求める広島・長崎の間との意識の溝をどうするのでしょうか。核兵器禁止条約への署名・批准を求め、11月の同条約締約国会議にオブザーバー参加するよう訴える声に、どのように対応するのでしょうか。

 核の悲惨さを知る日本の経験というものを、どう思っているのでしょうか。本当ならば、世界に向けてもっと大きい声で訴える権利があるはずなのですが、今度政府はどのような方向に向かうつもりなのか、残念ながらかなり期待薄な気がしますが、果たして11月に向けて、どのような動きをするでしょうか。

2023/07/29

新たな「国土形成計画(全国計画)」及び 「国土利用計画(全国計画)」が閣議決定されました。

  7月28日に、新たな「国土形成計画(全国計画)」及び 「国土利用計画(全国計画)」が閣議決定されました。2015年以来、8年ぶりの策定です。

 2050年を見据えて、「人口減少に直面する中、10万人を目安にして、デジタルとリアルが融合した「地域生活圏」の構想」を打ち出した「国土形成計画」です。

 新型コロナ禍で、一瞬だけこの計画で打ち出されている「地域生活圏」構想の方向に行くのか?と思わせられましたが、5類へ移行し、元の生活へ戻すという流れの中で、見事にその期待は裏切られ、もとの一極集中に戻りつつありますが、今回の計画は、その一瞬実現するかに思えた幻を、そのまままとめたという感じでしょうか。

 あるいは、人口減少で地方での暮らしの存続が危機的にあるなかで、それを無理やり維持するための算段として、デジタルを利用して様々なサービスの充実を図ろうというものなのか、といった感じです。

 どのみち、計画に描かれるような「地方の豊かな暮らし」と呼べるようなものは実現しません。今の生活を維持するとすれば、ぎりぎり崩壊しない程度を維持するのがやっとというのが関の山でしょう。

2023/07/04

「暫定的なガイドライン」って、これでは現場はどうすれば良いのか分からない…。

  今日7月4日、文科省から「初等中等教育段階における生成AIの利用に関する暫定的なガイドライン」が公表されました。

 「暫定的なガイドライン」って、タイトルからしてなんだかなぁって感じですね。まぁ、夏休み前に出そうということで、あまり十分に時間がとれなかったというのはわかりますが、学校現場としては、どうすれば良いのか、よくわからない内容です。結局は各学校での判断ということなのでしょうね。

 「「生成AIを近い将来使いこなすための力を意識的に育てる姿勢は重要」とし、生成AIにすべてを委ねるのではなく、自分の判断や考えが重要であることを子どもたちに理解させることが必要だ」と強調していますが、だいだいは楽なほうに流れますよね。

 7月4日づけの朝日新聞デジタルに、「授業に生成AI、手探りの学校現場 「使ったことない」戸惑う教員も」という記事が出ていて、「チャットGPTの仕組みや適切な使い方などを教えたうえで実践に移り、出た回答をそのまま成果物としないことや、回答に誤りがないか確認して自分の言葉でまとめる重要性についても指導」している授業をやられている先生が紹介されていますが、教員がそう言っても、現実はどうでしょうか。教員が言うとおりにやる生徒もいるでしょうけど、もちろんそうじゃない生徒もいてます。このような指導内容ですと、いわゆるできる生徒は教員の指導に従うでしょうが、やや学力の低い生徒は(こういう子たちこそ、本当はちゃんとやってもらいたいにもかかわらず)、出た回答をそのまま成果物とし、回答に誤りがないか確認しない可能性が高いでしょうね。

 今度、ガイドラインはブラッシュアップされていく予定ですが、「生成AI」の使い方で、学力に差が出てくるようになる気がします。つまり、「出た回答をそのまま成果物とせず、回答に誤りがないか確認して自分の言葉でまとめる」ことができる生徒は学力が高い生徒で、それができない、またはやらない生徒は学力が低いというふうになるんじゃないかなぁ。

2023/07/01

2040年以降の社会を見据えた「教育振興基本計画」は、「人への投資」がポイントでは?

  6月16日に、新たな「教育振興基本計画」が閣議決定されました。

 「教育振興基本計画(本文)」を読むと、いろいろと書かれていますが、少子化・人口減少が著しく、将来にわたって財政や社会保障などの社会制度を持続可能なものとし、現在の経済水準を維持しつつ、活力あふれる社会を実現していくためには、とにかくに不可欠なのは「人」の力であり、「人への投資」が最も重要なポイントなのではないでしょうか。

 今まで、特に戦後の日本は、ベビーブームによる段階の世代の数の多さが、高度成長と相まって、うまく発展できたので、はっきり言って「人への投資」は不十分であったと思います。しかし、明らかな人口減少ななかで、未来を担う若者に十分な投資をしなければ、彼らが社会の担い手になった時、次を生み出す力が不足しているようでは、我が国は衰退する一方です。例え小さくても自立してやっている国は、北欧のように存在しますが、それを見ると「人への投資」がしっかり行われていることが大きいのではないかと思われます。

 「将来を展望したとき、教育こそが社会をけん引する駆動力の中核を担う営みであり、一人一人の豊かで幸せな人生と社会の持続的な発展に向けて極めて重要な役割を有している」と考えるならば、「教育への投資」をもって、「人への投資」が行われる必要があります。

 「公教育の再生」は重要であり、我が国がここまで来れたのも教育の力が大きいと考えられますが、ここで「公教育の再生」させる際には今までの学校教育は忘れることが肝心です。すでに「主体的・対話的で深い学び」の視点から、「探究学習」を中心とした新しい教育が取り組まれ始めています。「探究学習」の狙いはこれからの社会にとって必要な、大変意味のある学習なのですが、今までの教育をやりつつ、「探究」に取り組むことは、教員にとっても、児童・生徒にとっても負担が大きいため、現在においてはすべての教員がそれを実践できるわけではなく、そのためすべての児童・生徒がそれを享受できるわけではないので、今までの教育を捨てて、アメリカのような、「探究学習」を中心とした学校教育を作りだすための改革を進めていく必要があろうと思います。

 「教育振興基本計画」をよく読むと、ところどころにそのような方向へ向かいたいと読める部分があるのですが、八方美人的な文章が多く、やや散らばっている感は否めませんが、教育の成果はすぐに出るものではないため、もっと明確に方向性を打ち出したものが必要でしょう。もっと的を絞った実施計画案を作っていく必要があるだろうと思います。

2023/06/30

今回の決議で、どの程度「公共図書館」「学校図書館」の改革が進むでしょうか。

  公益財団法人 文字・活字文化推進機構等が活字文化議員連盟、学校図書館議員連盟に宛てて提出した「公共図書館の改革に関する要望書」、「学校図書館の改革に関する要望書」を受けて、6月15日に活字文化議員連盟、学校図書館議員連盟の合同総会が開催されました。

 「公共図書館の改革に関する要望書」は、

1)市民サービスの向上に資するため、公共図書館における会計年度任用職員制度や指定管理者制度の運用の効果と課題について検証すること。

2)図書館職員の非正規雇用率を大幅に改善し、同一労働・同一賃金の原則を確立するとともに、国・自治体の責務で司書研修会等への参加を促すこと。

3)司書養成課程において、読書バリアフリーに関する講義の受講機会を促進し、障害者サービスのノウハウの蓄積と継承に取り組むこと。

4)全国の公共図書館に読書バリアフリー法基本計画が求めるアクセシブルな書籍の紹介コーナーを設け、子どもたちが多様な読書媒体と出会える環境を整えること。

5)公共図書館は、地域書店からの図書購入を優先し、装備作業は地域の福祉施設と連携して障害者雇用の拡大など、循環型地域経済の施策を進めること。

6)「公共図書館のあり方等に関する協力者会議(仮称)」を設置し、デジタル時代の公共図書館の将来像について検討すること。

を要望した結果、1)から5)をふまえた内容に取り組むとの決議がなされましたが、何故6)は拾ってもらえなかったんでしょうか?活字文化議員連盟があるから、それで良いということなんでしょうか?まぁ、いくつも組織があったところで、意味はないですが…。

 「学校図書館の改革に関する要望書」は、

1)1校専任の学校司書配置に必要な財政措置を実施するとともに、学校司書は教職員の一員であるという共通理解を深め、職員会議や研修への参加をうながすこと。
2)非正規の学校司書は、短期雇用の契約、低い賃金、雇い止めなど不安定な勤務状態のもとにあり、その労働条件の抜本的改革に資するため、現状調査を実施すること。
3)対話型Al「チャットGPT」の急速な普及など、情報環境の激変に対応して、子どもの情報リテラシーを育てるため、新たな図書資料の拡充を促進すること。
4)全国の小・中・高校の図書館に、バリアフリー図書の展示コーナーを設置するほか、特別支援学校の図書資料の整備・充実を促進すること。
5)特別支援学校の図書資料の不足は、障害者サービスに対する知識やノウハウの未熟にあり、読書バリアフリーに必要な知識と技術を習得した学校司書の養成を図ること。

を要望した結果、1)から5)をふまえた内容に取り組むとの決議がなされ、さらに「2)各自治体は、 学校図書館図書整備等5か年計画に基づく地方財政措置(図書資料購入費、新聞購入費、 学校司書配置費、 図書資料更新費)の予算化を促進し、 学校図書館の質的向上を図ること。 また、 各地方議会においては、 図書整備費等に関する予算化の状況を的確に把握し、 積極的にその活用を促すこと。」が追加されて、自治体及び地方議会に対してより働きかけを行うことが示されました。予算の問題が追加されたことは大きいと思います。

 奇しくも、活字文化議員連盟、学校図書館議員連盟とも会長は静岡県選出の国会議員ですが(活字文化議員連盟会長は上川陽子先生、学校図書館議員連盟会長は、塩谷立先生)、どの程度要望が実現するのか、この後の動きが気になりますね。

2023/06/11

本来お金をかけるべきところに金をかけない。行政は文化をきちんと理解していない。

 6月7日の「日本図書館協会」ホームページのお知らせ一覧に、「「図書館非正規職員の処遇にいてのお願い」を都道府県知事、市長、東京23区長へ送付しました。」と出ています。昨日、日本図書館協会の植松貞夫理事長らが記者会見したので、各紙にニュースとして出ていますね(朝日デジタルは6月6日付け、東京新聞Webが6月7日付け)。

 日本図書館協会の調べでは、2022年の国内公立図書館の職員数約4万人のうち、4分の3が非常勤や派遣などの非正規職員で、08年に比べて約3割増、それに対して専任職員は約3割減ということです。

 その非正規職員の約6割が、図書の専門職である司書・司書補の有資格者ということなので、「専門的なスキルが必要な図書館の業務は、すべて非正規職員がやっています」という東京新聞の記事は、おおげさな話ではありません。

 本来専門職は正規で採用すべきです。何故ならば、非正規では雇用が安定しないため、専門的な知識が職場に受け継がれていきにくい、その職員がいなくなってしまうと引き継ぐ人がいなくなってしますうということが起こりえるからです。もちろん正規職員でも、頻繁に移動するようではダメで、専門職として通常の職員とは別の異動をさせるようにすべきです。

 近年では図書館司書に限らず、博物館学芸員なども非正規で回すという状況になっていますが、これら専門職は安定した雇用のなかでこそ、その役割が活きてきます。このような部分にこそお金をかけるべきで、それができないようなところは、文化的に低いと考えざるを得ません。残念ながら現代の日本は、そういうところが多いように思います。                                                                                                                                                                                                                                                    

2023/05/22

G7広島サミット、やっぱり批判が出ましたね。

  5月21日の朝日新聞デジタルに、「元広島市長「岸田首相、ヒロシマを利用するな」 核抑止力維持に憤り」、「「広島でこれだけしか書けないか」 G7声明にサーロー節子さん失望」などの、広島サミットへの批判が出ています。

 今日22日づけの朝日新聞デジタルには、「「望みを打ち砕かれた」 G7広島サミット、被爆者から批判の声も」との記事がありながら、22日社説は、「広島サミット閉幕 包摂の秩序構築につなげよ」というタイトルです。

 この社説も「広島を利用した」と批判されている岸田首相と同類ですね。21日の社説では「核兵器の保有国を含む主要7カ国(G7)の首脳が被爆地・広島に集い、被爆の実相に触れた。感じたことを、そして核廃絶への明確な理念と決意を語ってほしい。そうした広島・長崎の思いに応えたとは、とても言えない」と言っているのに、なぜ今日の社説は岸田首相の成果の自賛を追うようなものになっているのでしょう?

 今回のサミットは、広島を舞台としてことで期待感が大きく、議長である岸田首相の手腕が問われたわけですが、予想はできましたが、結局手腕が発揮できなかったというだけのことであり、貴重な広島の経験を活かせなかったということです。残念ですが、やはり岸田首相は、広島を「利用した」んのでしょうし、その程度の手腕しかなかったということでしょうね。

2023/05/20

5月20日の朝日新聞の社説、ちょっと議論が浅い気がするなぁ。

  5月20日の朝日新聞社説は、「広島サミット 歴史の教訓 今に生かせ」というタイトルです。

 ロシアのウクライナ侵略による核の不安という世界情勢のなかで、被爆地広島という非常に大きなインパクトの地で開催されているG7ですが、各国首脳らが「広島で見聞した惨状は決して過去のものとは言い切れぬ現実こそを直視すべき」であり、「被爆地の証言を原点に、紛争を平和的に解決し、核戦争の破局を防がねばならない」という議論はもっともなことであり、社説で語るほどの内容ではないのではないかというのが、正直な感想です。

 また、「原爆を投下した米国のバイデン大統領には、ぜひとも自らの言葉で語ってもらいたい。」と述べていますが、確かに聞いてみたいと思いますが、アメリカがそれを語るほど、何か大きなインパクトがあったわけではないので、それはあり得ないでしょう。というか、これも正直言って語りつくされている話ですから、それを書いたところで「でもそれはないよね」って誰でも思いそうなことを社説で書くって、ちょっと賢い小学生の作文みたいな感じです。

 後半の「グローバルサウス」と呼ばれる新興・途上国との関係づくりについても、ある意味今さらの話で、第二次世界大戦後に「第三世界」と称されるようになって以降、新興・途上国との関係は重要であることは言い尽くされています。

 「中ロを含む少数の大国が、世界を破滅させるほどの強大な核戦力を抱え、覇を競うことがいかに愚かなことか。広島の地で、その自省をすべきではないか。」という話も、だから核不拡散条約(NPT)や核兵器禁止条約(TPNW)が採択されたわけで、ただ結局その愚かさに気づきながらも実現できずに今に至るというのが世界の現状だということなのですから、むしろそれを乗り越えて、この広島サミットで大きく世界平和へ前進すべきだと訴えても良いのではないかと思うのです。

2023/05/19

自分の発言に責任が持てない人が多いような気がしますね。

  今日5月19日の朝日新聞社説は、「維新・梅村議員 根拠のない発言 撤回を」というタイトルです。

 国会での発言だからというわけではなく、普通の会話においても「事実に基づかない」発言はダメです。「可能性」という言葉にくるみ、根拠に欠ける独自の見解を展開するのも、社会一般においても、相手にされません。

 「政治家としてまだまだ未熟」なだけではなく、大人として発言が未熟です。学生が飛んでも発言をして注目を引こうとしているようにしか見えないですね。国会外での免責特権の話も、特権を振りかざしているというよりは、その事実を知っていることをひけらかしているだけにしか見えないです。

 正直言って、梅村議員だけではなく、他の方もきちんと責任ある発言ができているかというと、そうでもない気がします。政治家に限らず、少なくとも自分の発言が何らかの影響を与えるような立場にいる人間は、自分の発言には責任を持つべきで、それができなければ発言する権利はないですね。