続・人間老いやすく、学成りがたし: #記録保存
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2023/09/23

災害時は人命第一、歴史資料が後回しになるのはやむを得ないですね。でも、市民ボランティアがいると助かりますね。

 9月19日の朝日新聞デジタルに、「台風、地震… 頻発する災害で傷つき失われる歴史資料、どう守る?」という記事が出ています。

 近年頻発する自然災害により、全国各地で貴重な歴史資料の保管が窮地に陥っていますが、災害時は人命第一です。歴史資料が後回しになるのは、やむを得ません。

 そもそも博物館や美術館、図書館などの保管庫は、スペースの都合や搬出搬入の関係の都合上、多くの場合は地下に作られることが多いので、その時点で災害時に水没等被災する可能性は高いわけです。保管庫を新設する際に、少なくとも地下ではなく、立地が許せば高台で、縦建物の2階以上に設置できれば、かなりリスクは下がりますが、まったく新規に保管庫が設置されることは多くないでしょうから、新たな保管庫が確保できるとすれば、既存施設の空きスペースということにならざるを得ないでしょう。そうだとすると、物によって置き場所を検討することでリスクを減らすようにするしかないわけです。

 一番無理がきくのは埋蔵文化財資料でしょう。具体的には石器や、陶磁器の類、土器も物によっては多少水没しても大丈夫のものもありますが、これらは仮に水没して泥をかぶっても、洗い流せば済む場合が多いので、建物の地下または1階に保管するようにするしかないでしょう(そもそも重いですから、上階には上げられないわけです)。

 木製品や金属製品も少しくらいなら水に濡れても大丈夫でしょうが、後のメンテナスが大変なので、できれば濡れない場所に保管したいものですが、一番濡らしたくないのは、紙資料です。紙は濡れるとくっついてしまうので、できれば上階に置きたいですが、一番量が多い資料でもあり、量によっては重さもかなりのものになるので、どうしても地下や1階になりがちですが、貴重なものは別置して濡れない場所に置きたいですね。

 9月20日の朝日新聞デジタルには、「ぬれた古文書を修復、デジタル保存も 市民に広がる歴史資料の救い手」という記事が出ています。

 行政に頼るのは、もはや時代遅れです。地元の人間にとって大事なものは、市民の手で守ることが一番ですので、一人でも多くの市民ボランティアが育ってくることは大切ですね。

 20日の記事にもありますが、紙資料が実際に濡れてしまっても、レスキューの技術は確立されています。全史料協や各地の文化財ネットワークなどで、レスキューのノウハウを持った人たちにつながることができるので、実際に被災したら、ノウハウを持った人たちに助けを求めることが一番です。

 現在は全国で保存されている歴史資料は非常に多いので、どうしても被災の可能性は高まります。すべてを救うことが不可能であり、それゆえ、ある程度失う資料が出てくるのも仕方がないことだと思います。多少失う歴史資料があるのは仕方がないことを前提に、保存上、レスキュー上の優先順位を決めておいた方が良いでしょう。

 9月21日付け朝日新聞デジタルには、「出土品は増え続け、収蔵庫はあふれる どこにしまう問題に悩む自治体」22日付けでは「「整理」される民具 人々が暮らしてきた歴史を未来に伝えるには」として記事が出ています。歴史資料の保存は難しいですが、あるものすべてを保存しようとすると無理が生じるのも事実です。トリアージと同じで、優先順位の高いものを残すという発想で臨むしかないでしょうね。

2023/09/18

政府による朝鮮人虐殺は「記録ない」は、資料のつまみ食いですね。

  松野博一官房長官は8月末に「記録が見当たらない」との発言が、中央防災会議の専門調査会が2009年に出した報告書を根拠資料としているということで、朝日新聞デジタルでは、9月17日付けで「朝鮮人虐殺の記録に透ける「何とか小さく」 研究者「今の政府も」」、9月18日付けで「政府は朝鮮人虐殺「記録ない」 報告まとめた学者は「読んで判断を」」という記事が出ています。

 17日の記事のほうでは、公の記録はいろいろあるにもかかわらず政府は無いとしていることへの批判であり、18日の記事は中央防災会議の専門調査会が2009年に出した報告書は、「政府機関が当時公表した情報からどれだけのことが言えるかという、非常に限定的な範囲のもので、当時の政府発表の焼き直し」であり、当時の委員が、「過小評価しているという批判は当然こうむるだろうと思いながらまとめたもの」であるものなので、それを根拠とすれば、「無い」との判断になるのは当たり前で、自分の都合がよいように資料をつまみ食いする典型のものです。

 世の中は、資料をつまみ食いすることが多いので、様々な発言は、その根拠に戻って確認しなければならないということを、世に広く知らしめる事例が、今回の政府見解ですが、そのような訓練を受けている研究者はともかく、多くの人はそのまま鵜呑みにしてしまうので、訓練を受けたものがきちんとその間違いを指摘することはとても大切なわけで、微力ながら、このブログも、その一部として役に立つことを期待して書いています。

2023/09/10

100年経って、関東大震災での事の真相がかなり明確になってきましたが、一般的な認知はこれからですね。

  今日9月10日の朝日新聞社説は、「虐殺の記録 史実の抹消は許されぬ」というタイトルです。

 「関東大震災の際、流言を信じた市民や軍、警察によって朝鮮半島出身の人たちなどが虐殺された。この歴史的事実について、政府が「記録がない」といい続けている。」という問題はよくあることで、そもそも政府の見解が正しいと思っている人は、(内容にもよりますが)それほど多くないのではないでしょうか。

 今回の関東大震災100年で、朝日新聞を始め、いろいろと新しい歴史資料が発掘され、または映画や書籍などが作成されて、これまでの研究の蓄積と合わせて、虐殺の事実は(すべてではないですが)かなり明確になった感がありますが、一般の人たちの認知はどれほどでしょうか。以前も書いたことがありますが、そもそも100年前の9月1日に関東大震災があったということは、20代より若い人たちにとっては歴史の授業で習う出来事の一つであり、30代あるいは40代の人たちにとっても、あまりピンと来ない話なのではないかと思います(50代にとっては、石橋克彦氏の「東海地震説」による9月1日の防災訓練のインパクトがあったので、それなりに認識されていると思いますが)。

 一般の人たちにとっては、現状では政府のあやしいコメントすら信用する人たちがいるだろうと想像されるわけですが、ある程度歴史的事実として明確な話が多くなってきた今からが、過去の出来事を認識していくものと思われるのであり、政府のあやしいコメントを信じさせないようにするためにも、歴史にかかわっている人間にとっては、これらの成果を広め、認知させていくようにしていかねばならないだろうと考えます。

2023/09/02

国立映画アーカイブの「関東大震災映像デジタルアーカイブ」に、『北伊豆震災』の動画が追加されました。

  9月1日、国立映画アーカイブの「関東大震災映像デジタルアーカイブ」に、『北伊豆震災』の動画が追加されました。

 1930年11月26日、伊豆半島北部を震源に発生した「北伊豆地震」による被害を、とりわけ激甚な被害に見舞われた地域での取材により紹介した作品で、1931年に制作されたものです。時間は18分50秒、文部省が制作したもののようです。

 地震の原因が、箱根から丹那盆地を抜けてまっすぐ南北に走る断層が、南北に8尺(約240㎝)ずれた結果起こった地震であることが映像内で示されています。

 沼津市内の家屋の倒壊の様子、三島大社の境内へ避難した人々の様子(三島大社の境内に情報収集所、警備指令所が設置された様子も写っています)、青年団ががれきを片付けていたり、大場郵便局では仮庁舎で業務を行っていたり、大場、韮山、伊豆長岡駅、修善寺温泉の被害状況、旧中伊豆町の八幡や中大見付近の山崩れ、伊東では一部で火災も起きたようで、最後は田方海岸の土砂崩れを映しています。北伊豆地震の被害が大きかった地域を中心に、多くの場所を撮影していますし、人々の様子も非常によくわかります(婦人会らしき女性たちの炊き出しの様子も出ています)。

 これは非常に有益な映像資料です。時間的にも学校の授業でも使いやすいのではないかと思いますので、これは利用するべきですね。

 ちなみに、これ以外にも映像資料として『東京大震災の惨状』『第四報 東京大震災惨状』『航空船にて復興の帝都へ』『地震と震災』『日本之大地震』『震災後之日本』が追加され、さらに東京や横浜の街の、震災前、震災直後、震災後日、復興期に分けて、変化の様子を見ることができる「震災タイムマップ」が新しくできました。これにより、国立映画アーカイブが所蔵する全20作品の震災関連映画がすべて公開され、サイトが完結したということです。

2023/08/31

国立科学博物館の関東大震災100年企画展「震災からのあゆみ―未来へつなげる科学技術―」、オンラインコンテンツだけでも十分良いです。

  9月1日から11月26日までの期間、国立科学博物館で、関東大震災100年企画展「震災からのあゆみ―未来へつなげる科学技術―」が開催されます。

 ホームページでの情報によると、第1会場では第1章「1923年 関東地震とその被害 -関東大震災-」、第2章「関東大震災からの復興-災害に強いまちづくり-」、第3章「100年間の地震・防災研究 -災害に負けない国へ-」、第2会場では「震災に備える」、特設会場「災害を展示する -伝え方の歴史-」などの展示が行われます。

 また第1会場では、国立科学博物館が収蔵する震災当時の写真10点の、カラー化前とカラー化後の写真が展示されます。

 さらに、オンラインコンテンツとして、「デジタルツインでたどる関東大震災直後の航空写真(β)」と、「企業資料から読み解く関東大震災 経済を支えていた企業はそのとき」が用意されています(もう一つは準備中)。航空写真も良いですが、「企業資料から読み解く関東大震災 経済を支えていた企業はそのとき」では、火災が広がっていく様子がわかる資料や帝国データバンク史料館『震災手記』が読めたりしますので、展示会場に直接行けなくても、個人的にはこれらだけでもかなり十分な感じがします(「在京罹災埼玉県人救護団バラックを訪れた渋沢栄一」1923年11月17日のカラー化された写真だけでも、かなりおもしろいです)。

2023/08/28

関東大震災による旧伊東町(現伊東市)の津波被害の映像が収められたフィルムの発見は、大変重要です。

  8月26日の朝日新聞デジタルに、「関東大震災の津波被害とみられる映像フィルム発見 「貴重な資料」」という記事が出ています(他にも関連する記事として、「津波を耐えた松の木は現存 見つかった映像フィルム、生かす道は」、「「万死を冒して」撮った被災地 涙のむ観衆、上映で義援金集めも」があり、どれにも「関東大震災直後の様子を記録したとみられるフィルムが発見された」と題されたフィルムに収められた映像資料の一部が入っている動画がついています)。

 関東大震災の時に、旧伊東町、現在の伊東市で津波被害があったことは記録に残っていますが、それの映像資料があったとは。これは大変貴重で重要な発見です。

 フィルムには倒壊した家屋や、大川橋の上に乗り上げた船、がれきを片付ける人々、津波を受けた「十本松」(そのうちの1本はまだ現存している!)と呼ばれる木も記録されていています(これらのことは、上記の「関東大震災直後の様子を記録したとみられるフィルムが発見された」の動画で見れます)。

 関東大震災というと、どうしても東京や神奈川の火災による被害の話が多いわけですが、東日本大震災を見てもわかるように津波被害というのは非常に大きいわけです。今回その映像資料が見れるようになったということで、研究が一段と進むことが期待されます。

2023/08/22

国内で唯一現存する「ドイツ蓋」、博物館あたりでしっかり保存してください。

 8月15日の「あなたの静岡新聞」に、「マンホール「ドイツ蓋」撤去 浜松市保管へ 国内で唯一現存」という記事が出ています。

 大正から昭和初期ごろに設置されたとみられる浜松市中区に設置されていた「ドイツ蓋」(ドイツ製のマンホールの蓋)が、周辺の道路工事に伴い撤去されたことを紹介する記事なのですが、「国内唯一」の現存するドイツ製のマンホールの蓋が浜松にあるなんて知りませんでした。ということで、何か情報はないかと検索したら、こんなブログがありました(このブログのコメント欄に、「ドイツ蓋」の詳細な考察があります)。

 記事に「市内には少なくとも3カ所に類似のマンホールが設置されていたが、残り二つについては2010年半ばまでに既に撤去されていた。」とありますが、上記のブログの考察と合わせて見るとつじつまが合いますね。

 「当面は下水道工事課で保管する」とありますが、「国内唯一」のものなのですから、来歴等をしっかり調べて、博物館あたりできちんと保管、展示するべきでしょう。

2023/08/21

「佐紀古墳群航空レーザ測量調査速報成果資料集」が、「全国遺跡報告総覧」にアップされています。

 昨日8月20日に速報が出ていた「佐紀古墳群の航空レーザー測量」ですが、今日21日に「全国遺跡報告総覧」に「佐紀古墳群航空レーザ測量調査速報成果資料集」として、アップされています。

 この測量調査自体は、かなり良い資料を提供してくれていますが、このような調査を個人レベルで、おまけに費用をクラウドファンディングで調達して行うって、良いことなのか判断に悩みますね(宮内庁管理下の古墳が対象って意味で)。

 まぁ、今まで行政が主体で行っていたようなことを、クラウドファンディングで広く資金を調達して行うという方向でやっていけば、どこからも文句が出ないので(文句が出るのは大概お金の話で、特定の何かに公金を使うのがどうこういう話が多いので。今回の調査は宮内庁から許可をとってやっているんでしょうし。)、うまく資金が調達できれば、他の調査にも応用できますね。

 博物館の例を考えても、クラウドファンディングという方法で資金を調達して何かをやるという方法は、時代にマッチしているんでしょうね。今後、この資金調達方法が主流になっていくのかなぁ。

2023/08/16

歴史的な資料として、地域の住民が必要だと考えるものは、住民の手で残す努力をしなければ残せません。

 今日8月16日のあなたの静岡新聞に、「老朽化 消えゆく「戦争遺跡」 静岡・歩兵第34連隊 最後の施設解体」という記事が出ています(Yahooニュースに載っています)。

 今年6月に解体された歩兵第34連隊の「陸軍静岡練兵場訓練講堂」についての記事で、これに関してこのブログでもコメントしましたが、この訓練講堂は、建物の内部に催涙ガスをたき、連隊の兵士が防毒マスク装着を訓練したとの証言が残る、戦時中に兵器として使われた毒ガスに対応する訓練用の施設で、民間の個人所有者が払い下げを受け、近年まで倉庫や住宅として使用していたのですが、建物の老朽化などから所有者が昨年、取り壊しを決めました。しかし、所有者は静岡市に保存の観点から相談をしたのですが、「指定文化財にする基準に達していない」(市文化財課)として、解体前の図面の作成、記録にとどめたとのことです。

 「指定文化財にする基準に達していない」という判断は、そもそもその基準が明確になっていないので何とも言えませんが、本当に残そうと思うならば、基準などどうにでもなるわけですから、保存の対応を取らない言い訳に過ぎません。記事にもあるように、これまでも歩兵第34連隊関連施設の保存が問題になったことがありますが、結局ほとんど残っていません。

 県近代史研究会員の方の「「地域から戦争を見つめるためには実物を残す意義は大きい。市民から資料を受け入れる態勢を作ったり、記録保存をしたりすることが重要で、行政の力が必要になる」という指摘はもっともですが、静岡市の対応やその他の事例を考えると、保存にあたり行政に頼るのは、もはや時代遅れなのではないかと思います。そもそも、よほどのことでない限り行政がお金を出すことは考えられないわけですし、それで無くなってしまって地域の歴史を語るのに困るならば、地域の住民が自分たちの問題として保存に取り組むことが必要なのではないかと思わざるを得ません。ひと昔前だと大事でしたが、いまならばNPOを立ち上げてクラウドファンディングで資金を集めることも可能です。

 よくよく考えると、現在残っている前近代の歴史資料は、特に文字資料は自説の根拠となってくれる説明資料の文書であり、それは必要だったから関係者が保存をしてきたわけです。確かに建物の現物保存は非常に大変ですが、自分たちの歴史を語るうえで大切なものならば、自分たちの手で残す努力をしなければ、何も残すことはできません。行政に頼る文化財の保存はもう終わりにして、活用しながら残す道を探っていく時代なのではないでしょうか。

2023/08/13

「現存する最大級の被爆建物」という点で、十分に国の重要文化財になりえますから、指定して当然だと思います。

 8月7日の朝日新聞デジタルに、「旧陸軍被服支廠の文化財指定 首相「速やかに審議」最大級の被爆建物」という記事が出ています。

 広島市南区にある、現存する最大級の被爆建物「旧陸軍被服支廠(ししょう)」について、広島県側が建物の活用策を定めることを前提に、求めに応じて国の重要文化財への指定に向けた審議を進める方針となったとのことですが、建物の活用案はともかくとして、重要文化財の価値は十分あると思います。この建物は1914年に使用が開始されていますので、来年の100年記念として指定して良いのではないでしょうか。

 全部で4棟あるわけですが、これらの建物はとにかく大きくて、県所有の第1~3号棟は91m×25m×15m、国所有の第4号棟は105m×25m×15mもあります。鉄筋コンクリート造とレンガ造が複合していて、これだけで重要文化財としての価値がありますが、この建物はさらに被爆直後に、被爆者の臨時救護所として使用されたという非常に重要な役割を果たしています。

 原爆を体験した人たちが少なくなってきているなかで、代わりに被ばく体験を訴えることができる建造物は、しっかりと保存し、原爆の恐ろしさ、戦争の悲惨さを伝える役割を担わせるようにすべきでしょう。

2023/07/18

「街の昔の日常や人々の暮らしが知りたい」という希望に答えるレファレンス、良いと思います。

 7月15日の朝日新聞デジタルに、「図書館で「思い出」検索 司書は気づいた「後に知りたいと思うこと」という記事が出ています。大阪市立図書館のホームページの「思い出のこしプロジェクト」を紹介するものです。

 「街の昔の日常や人々の暮らしが知りたい」というレファレンスをたびたび受けたことから考え出されたものなのだそうですが、名所の記録や成り立ちなどの行政資料は多く存在しますが、子どもの頃に遊んだ空き地や公園など、見慣れたまちの風景も、何年かすると面影もないくらい変わってしまうというのは事実で、田舎でも変わらないようでいて、どこか変わっていくものです。それを調べようとすると、案外と難しいというのは納得ですね。

 そのような地域に関する情報を集約するのに、図書館はうってつけです(公文書館でも良いのですけど、まだまだ全国津々浦々にあるというものではないので)。

 このような取り組みは非常におもしろいですし、重要なことだと思います。先日静岡県の新しい中央図書館の話題を取り上げましたが(こちらです)、9階にできる県史の資料等を集約した場所こそ、このような地域情報を集めて、「ココに来れば、昔の静岡のことが何でもわかる」という場所になってもらいたいなぁと思います。

2023/07/14

「動画でみる資料保存」、いろいろ役にたつので、見ておくと良いです。

 日本図書館協会(JLA)のウェブサイトに、「動画でみる資料保存」のページを開設されています。

 もとは、「全国図書館大会2020(第106回全国図書館大会和歌山大会)の資料保存分科会における発表動画」ですが、

○概説:図書館における資料保存とは(眞野節雄)

○資料の取扱い(一般書―洋装本)(田崎淳子)

○資料の取扱い(和本―和装本)(新井浩文)

○資料の取扱い(視聴覚資料)(児玉優子)

○カビ対策(神原陽子)

○災害対策・水損資料への対処(佐々木紫乃)

○簡易な保存容器(川原淳子)

○資料修理(基本的な考え方と技術)(眞野節雄)

と、資料保存に関する知識は一通りそろっているので、見ておくと、大変勉強になります。

 この動画の文字資料は、これです。

2023/06/26

毎日新聞が、「毎日新聞戦中写真アーカイブ」特設サイトをオープンしました。

 毎日新聞特派員が戦時中に撮影した写真約6万枚をデジタル化し、歴史研究や教育現場での活用を目指す「毎日新聞戦中写真アーカイブ」特設サイトが、毎日新聞デジタル内にオープンしました。

 「毎日新聞戦中写真アーカイブ」は、2022年度から戦中写真のデジタルアーカイブ化に取り組んでいる渡邉英徳・東京大大学院教授、貴志俊彦・京都大教授らの共同研究として、終戦80年の2025年を目標に、国際標準で活用しやすいデータベースを構築し、当時の状況や人々の足跡を可視化したビジュアルなコンテンツを制作するもので、「毎日新聞戦中写真アーカイブ」特設サイトにはそのプロジェクトの説明や関連記事が掲載されていて、日本語と英語で紹介されています。

2023/06/25

戦争遺跡の保存は、なかなか難しいですよね。

 静岡空襲から78年となる6月20日の朝日新聞デジタル静岡版に、「姿消しゆく戦争遺跡、静岡空襲78年 ガス訓練講堂解体」という記事が出ています。

 静岡市葵区城東町の住宅街に、歩兵第34連隊の隊員たちが毒ガスなどから身を守るための訓練を行う「ガス訓練講堂」として利用されたとみられる建物が残っていたのですが、今月17日に、建物が解体撤去されてということです。

 「ガスの金属製注入口や排出口のほか、南側の壁一面に扉が設けられるなど、当時の陸軍の訓練の一端を示す全国的にも数少ない施設」という評価でしたが、現地保存に長年協力してきた地権者と交流しながら、貴重な戦争遺跡として施設内を記録に残してきた静岡平和資料センターも、3年にわたるコロナ禍で地権者側との交流も途絶えていたこともあり、どうすることもできなかったようです。

 静岡平和資料センター長は「行政側が戦争遺跡の保存に理解を示してくれたら」と期待するようですが、文書や民俗資料などでもなかなか受け入れてくれないのが現実のなかで、建物を保存することに行政が動くことは、かなり難しいでしょう。

 コメントプラスに、評論家の辻田真佐憲氏の「歩兵第34連隊の遺構なら、かつてであれば行政も観光資源として積極的に保存に動いたかもしれません。というのもこの部隊は、橘周太中佐がいた部隊として戦前とても有名」だったからとコメントしていますが、静岡県護国神社には、歩兵第34連隊の将校集会所が移設されていて、34連隊を撮り続けた柳田芙美緒の写真を展示する「柳田芙美緒写真室」となっていましたが、老朽化などにより取り壊されたことを考えれば、戦争遺跡の保存が容易ではないことはわかりますし、ましてや行政が動くなんてことはほぼなく、観光資源として活用するのも難しいといえるでしょう。残念ながら、戦争遺跡の保存は難しいと言わざるを得ないですね。

2023/06/23

今日6月23日は、戦後78年の「沖縄慰霊の日」

  今日6月23日の朝日新聞の社説は、「沖縄慰霊の日 記憶たぐる営みは今も」というものです。

 沖縄戦の記録を新たに出版する自治体が多くあるということを紹介して、11冊の市町村史の発刊にかかわった元沖縄国際大教授の吉浜忍さんの「後世に残す最後の機会という強い思いが各自治体に共通する。本を通じ実感を持って学んでほしい」という言葉を掲載しています。沖縄に限らず、戦争に関しての記録を残すタイミングとしては、まさに「後世に残す最後の機会」であることは、全国的に同じですが、他の地域はそうであると分かりつつも、なかなか行動に移さないですが、やはり沖縄ではその思いが違いますから、このように実際に行動するのです。

 また「Re:Ron×コメントプラス」でも、「不測の時代を生きるための、転ばぬ先の杖 「沖縄の生活史」を読む」として、5月にみすず書房から出版された『沖縄の生活史』の出版を報じた6月2日付けの記事「100人が語り、聞いた『沖縄の生活史』出版 戦後の暮らし細やかに」に、ジャーナリストの座安あきのさんがコメントプラスに加筆した寄稿を掲載しています。「よくぞ活字に残すことにこだわってくれた」との言葉がありますが、ここでもやはり「後世に残す最後の機会」であるわけですから、この言葉には激しく同意します。

 玉城デニー知事の「戦争体験者が戦争の不条理と残酷さを、後世に語り継いできてくれた実相と教訓を胸に刻み、あらゆる戦争を憎み、二度と沖縄を戦場にしてはならないと、決意を新たにする」とした平和宣言にもあるように、昨年改定された安保3文書により、沖縄を「国家安全保障上極めて重要な位置にある」と明記し、ミサイル部隊など自衛隊の増強などが着々と進むなかで、思いはやはり「二度と沖縄を戦場にしない」ことであると同時に、「戦争体験者が戦争の不条理と残酷さを、後世に語り継いできてくれた実相と教訓を胸に刻み、あらゆる戦争を憎み」、「二度と戦争で国民を悲しませない」ということを、政治家たちには決意してもらいたいものです。

2023/06/20

「ふるさとちば古写真デジタルアーカイブ」、こういうのを作っておくことは大事ですね。

 千葉県立中央博物館で、「ふるさとちば古写真デジタルアーカイブ」が公開されています。

 千葉県誕生150周年記念事業として、同館が所蔵する古写真約200枚とともに、一般から応募のあった古写真を、同デジタルアーカイブで紹介しています。古写真を通じて千葉のあゆみを振り返り、その記録と記憶を未来へ残していくことを目的としたアーカイブサイトが、「ふるさとちば古写真デジタルアーカイブ」です。

 過去の出来事をさぐる方法として、写真ほど様々な情報を読み取れる資料はありません。最近は簡単に動画が撮れるようになったので、その情報量は写真を上回りますが、150年前を語る動画はありませんし、数から言えば写真の方が多いですから、写真は情報の宝庫です。

 「人々はどんな服装をして、何を食べ、どんな場所で暮らしていたのか。どうやって生計を立て、何に娯楽を求めていたのか。そんな人々の生活の一端を、写真からは知ることができます」。また、「写真そのものに記録された情報だけでなく、その写真にまつわる記憶もまた、未来へ残していきたい」宝です。

 「過去と今を見比べる」「写真で振り返る年表」などのほか、エリアや年代ごとに写真を見ることができます。

2023/06/16

関東大震災の記録、よくぞこのようなものを撮っておいてくれました。

 6月13日の朝日新聞デジタルに、「「なんで撮ってんだ」殺気立つ被災現場 関東大震災の記録が映画に」という記事が出ています。

 国立映画アーカイブに、「関東大震災映像デジタルアーカイブ」があり、そこに関東大震災の様子を記録し、映画化されたものが、公開されています。国立映画アーカイブでは約20作品の映画フィルムを所蔵していますが、そのうち13作品が「関東大震災映像デジタルアーカイブ」で全編を見ることができます。その13作品は以下の通りです。

 『關東大震大火實況』やその弁士説明版、『関東大震災』[返還映画版]、『帝都の大震災 大正十二年九月一日』、『東京大震災』、『関東大震災実況』、『東京関東地方 大震災惨害實况 大正十二年九月一日二日三日』、『帝都大震災 大正十二年九月一日』(別題名『震災ト三井』)、『大正十二年九月一日 帝都大震災大火災 大惨状』、『関東大震災』[伊奈精一版]、『大正拾弐年九月一日 猛火と屍の東京を踏みて』、『大震災以前 帝都 の壯觀』、『復興帝都シンフオニー』、『帝都復興』

 これらの作品を撮影したカメラマンのうち、岩岡商會の岩岡巽、日活向島撮影所撮影技師の高坂利光、東京シネマ商會の白井茂の3人に焦点をあてた記録映画「キャメラを持った男たち―関東大震災を撮る―」を、一般社団法人「記録映画保存センター」が制作し、この8月から公開されることを紹介したのが、朝日新聞の記事です(上記の「記録映画保存センター」のリンク先で、映画の予告編が見れます。また、8月の上映に先行して、6月28日の「記録映画アーカイブ・プロジェクト 第14回研究上映会」で特別上映されます。参加無料・当日先着順・申し込み不要で定員100名です)。

 今年2023年は地震発生から100年です。改めて、このような素晴らしい貴重な記録を残してくれた上記3人のカメラマンをはじめ、関係者には感謝の気持ちしかないですね。

2023/06/10

アメリカの連邦最高裁判所では、すべての口頭弁論の記録を保存しているんですね。日本とは大違い。

 米国国立公文書館(NARA)が、アメリカ連邦最高裁判所の音声記録をデジタル化し、公開したことを発表しました。

 アメリカ連邦最高裁判所が、すべての口頭弁論の記録を開始したのは1955年10月で、音声記録は1955年10月から1972年12月までのブラックシリーズ、1972年12月から2005年 6月27日までのレッドシリーズ、2005年10月3日から2020年5月31日までのゴールドシリーズの3つの口頭弁論のシリーズで構成されています。

 連邦最高裁判所の音声記録は、NARAのカタログで、裁判日、事件番号、事件名のキーワード等で検索できます。現在国立公文書館カタログで聞くことができる有名な事件には、画期的な公民権判決である1967年のラビング対バージニア(Loving et ux. v. Virginia)、ナチスによって家族から盗まれ、オーストリア政府美術館に展示されていた5枚の絵画の回収を求めて、マリア・アルトマンが米国地方裁判所でオーストリアを相手に民事訴訟を起こす権限を与えられたとする2004年のオーストリア共和国対アルトマン(Republic of Austria v. Altmann)などがあります。 

 「定められた保管期限を過ぎたら、捨ててしまう方が基本である」という考え方で、例外的に保存するものについては「資料または参考資料となるべきもの」ということにして、「特別保存」と呼んで保存し、それ以外は「保存するスペースがないから」ことを理由に廃棄する日本に比べれば、記録を保存するという考え方がまったく違うんですね。

2023/06/08

東京音楽大学が、伊福部昭コレクションのデジタルアーカイブと目録を公開しました。

 東京音楽大学が、伊福部昭コレクションデジタルアーカイブ目録を公開しています。

 2023年5月31日が、伊福部氏の109回目の誕生日に当たることから、この日にデジタルアーカイブと所蔵目録 (OPAC) の公開を始め、学外者を含めた利用者に向けて、資料の閲覧と複写の提供を始めました。

 今回は、寄贈された資料のうち、手稿譜や手書き原稿、伊福部昭本人の書き込みがある楽譜などをデジタル化しています。作曲家として有名な伊福部氏は、東京音楽大学の学長も務めており、その関係から東京音楽大学付属図書館が、およそ1200点の資料寄贈を受けたわけということです。

 作曲家として有名といいつつ、伊福部氏の曲で知っているのは、「ゴジラのテーマ」だけですが😅、ドシラー、ドシラーで始まるあの音楽は耳から離れませんよね。目録で「ゴジラ」と検索したら、「ゴジラタイトル : ゴジラパート譜1954年版」というのがヒットしました。他にも統一標題に「ゴジラ vs デストロイア」、「ゴジラ vs モスラ」、「ゴジラ vs メカゴジラ」なんてもあります。

2023/06/06

「和歌山県歴史資料アーカイブ」の「授業で使える和歌山の資料」は、本当に授業で使えると思います。

 和歌山県立文書館が開設している「和歌山県歴史資料アーカイブ」で、新しく「授業で使える和歌山の資料」が開設されています。和歌山に関する資料のデジタル画像と解説シートがセットになっているものです。

 現在、近世の「キリシタン禁制の触書」、「大塩平八郎の乱首謀者人相書(部分)」と、近現代の「学制に関する和歌山県布達(太政官布告第 214 号(「被仰出書」)添付)」、「改正地券(紀伊国海部郡西浜村(現和歌山市西浜))」、「田辺改進党団結の趣意(部分)」のみですが、鮮明な史料のデジタル画像、史料の翻刻、近世の史料には意訳、語句・人名説明があって、それに解説がついています。さらに「活用のポイント」、出典、関連資料・ウェブサイト等、参考文献リストまでついて、いたせりつくせりの内容になっています。

 これだけしっかりと作られていれば、普段あまり史料にふれたことがない先生でも、授業で活用できるはずです。また、和歌山県の人でなくとも、これだけ詳細に作りこまれたものなので、十分使えるはずです(自分なら使います)。あとは、史料の数がもっと増えてくれることを期待するのみです。