奈良大文化財学科の豊島直博教授(考古学)は「最初の発掘調査の時は正直、古墳かどうかよくわからず、乗り気ではなかった」と半信半疑だったとコメントしていますが、そのような状況でも、いちおう「舟塚古墳」と呼んでいた町教育委員会も、今の今まで手を付けなかったというも不思議ですね。
ただ、9月9日におこなわれた現地説明会の様子を報道している、10日の朝日新聞デジタルの「古墳だった法隆寺の植え込み 専門家も当初「半信半疑」 現地説明会」の記事の写真および9月7日付け「法隆寺の駐車場にある植え込み、実は古墳でした 奈良大学などが確認」を見ると、かなりりっぱな横穴式石室で、一部石が抜き取られているようですが、副葬品もそこそこ出ています。
10日付けの記事で現地説明会に並んでいる人たちを写した写真から判断すると、「舟塚古墳」である植え込みは、以前法隆寺を訪問した際に、なんとなく目にしていたような気がする場所です。いや、たぶん見ていますね。そこに「注意 古墳につきゴミを捨てないで下さい 斑鳩町」という看板までは記憶にないですが。
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