続・人間老いやすく、学成りがたし: #地震
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2023/09/10

100年経って、関東大震災での事の真相がかなり明確になってきましたが、一般的な認知はこれからですね。

  今日9月10日の朝日新聞社説は、「虐殺の記録 史実の抹消は許されぬ」というタイトルです。

 「関東大震災の際、流言を信じた市民や軍、警察によって朝鮮半島出身の人たちなどが虐殺された。この歴史的事実について、政府が「記録がない」といい続けている。」という問題はよくあることで、そもそも政府の見解が正しいと思っている人は、(内容にもよりますが)それほど多くないのではないでしょうか。

 今回の関東大震災100年で、朝日新聞を始め、いろいろと新しい歴史資料が発掘され、または映画や書籍などが作成されて、これまでの研究の蓄積と合わせて、虐殺の事実は(すべてではないですが)かなり明確になった感がありますが、一般の人たちの認知はどれほどでしょうか。以前も書いたことがありますが、そもそも100年前の9月1日に関東大震災があったということは、20代より若い人たちにとっては歴史の授業で習う出来事の一つであり、30代あるいは40代の人たちにとっても、あまりピンと来ない話なのではないかと思います(50代にとっては、石橋克彦氏の「東海地震説」による9月1日の防災訓練のインパクトがあったので、それなりに認識されていると思いますが)。

 一般の人たちにとっては、現状では政府のあやしいコメントすら信用する人たちがいるだろうと想像されるわけですが、ある程度歴史的事実として明確な話が多くなってきた今からが、過去の出来事を認識していくものと思われるのであり、政府のあやしいコメントを信じさせないようにするためにも、歴史にかかわっている人間にとっては、これらの成果を広め、認知させていくようにしていかねばならないだろうと考えます。

2023/09/02

国立映画アーカイブの「関東大震災映像デジタルアーカイブ」に、『北伊豆震災』の動画が追加されました。

  9月1日、国立映画アーカイブの「関東大震災映像デジタルアーカイブ」に、『北伊豆震災』の動画が追加されました。

 1930年11月26日、伊豆半島北部を震源に発生した「北伊豆地震」による被害を、とりわけ激甚な被害に見舞われた地域での取材により紹介した作品で、1931年に制作されたものです。時間は18分50秒、文部省が制作したもののようです。

 地震の原因が、箱根から丹那盆地を抜けてまっすぐ南北に走る断層が、南北に8尺(約240㎝)ずれた結果起こった地震であることが映像内で示されています。

 沼津市内の家屋の倒壊の様子、三島大社の境内へ避難した人々の様子(三島大社の境内に情報収集所、警備指令所が設置された様子も写っています)、青年団ががれきを片付けていたり、大場郵便局では仮庁舎で業務を行っていたり、大場、韮山、伊豆長岡駅、修善寺温泉の被害状況、旧中伊豆町の八幡や中大見付近の山崩れ、伊東では一部で火災も起きたようで、最後は田方海岸の土砂崩れを映しています。北伊豆地震の被害が大きかった地域を中心に、多くの場所を撮影していますし、人々の様子も非常によくわかります(婦人会らしき女性たちの炊き出しの様子も出ています)。

 これは非常に有益な映像資料です。時間的にも学校の授業でも使いやすいのではないかと思いますので、これは利用するべきですね。

 ちなみに、これ以外にも映像資料として『東京大震災の惨状』『第四報 東京大震災惨状』『航空船にて復興の帝都へ』『地震と震災』『日本之大地震』『震災後之日本』が追加され、さらに東京や横浜の街の、震災前、震災直後、震災後日、復興期に分けて、変化の様子を見ることができる「震災タイムマップ」が新しくできました。これにより、国立映画アーカイブが所蔵する全20作品の震災関連映画がすべて公開され、サイトが完結したということです。