6月17日の朝日新聞デジタルに「九州の稲作、30年で北部から南部へ? 「先入観」疑って研究」という記事が出ていたので、熊本大学のホームページで確認をしたら、人文社会科学系の5月23日づけのお知らせに出ていました(「南九州最古のイネ発見 鹿児島県志布志市小迫遺跡出土土器包埋炭化イネの年代測定結果」)。
熊本大学のお知らせによると、この情報は5月18日発行の『日本考古学』54号に掲載された「鹿児島県志布志市小迫(こざこ)遺跡出土土器から検出した炭化イネの炭素年代値が南九州地方で最も古いことを明らかにし」たものだそうで、文部省科学研究費の学術変革領域研究(A)「土器を掘る」の研究プロジェクトの成果の1つです。
これまでの日本考古学の定説では、北部九州地方から南九州地方までの稲作伝播の時間差が200~300年間、別の年代観でも100年ほどかかったとされていました。これは、北部九州の福岡県板付遺跡や佐賀県菜畑遺跡などの灌漑水田址に伴う突帯文土器「山の寺・夜臼Ⅰ式土器」の土器付着物の炭素年代測定値と、南九州の最古の刻目突帯文土器である「田布施Ⅰ式土器」の付着物の炭素年代値との年代差から考えられており、「同一土器型式の使用時間の年代差=稲作伝播の時間差」とする考え方が間違いだったわけです。
また、「土器を掘る」の研究プロジェクトの成果として、人文社会科学系の5月25日づけのお知らせに、「縄文時代の穀物栽培を立証 最新科学による縄文時代晩期末・江辻SX-1段階の大陸系穀物(イネ・アワ・キビ)流入を証明」として、イギリスの考古科学雑誌「Journal of Archaeological Science」に、縄文時代末期にすでにイネやアワが渡来していたという論文を発表したことも出ています(論文名は、「A new archaeological method to reveal the arrival of cereal farming: Development of a new method to extract and date of carbonised material in pottery and its application to the Japanese archaeological context」)。こちらは、弥生時代そのものの定義を再検討する必要につながる成果ですので、九州の稲作の伝播よりも重要なものだと思います。
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