続・人間老いやすく、学成りがたし: 戦後の日本の自由は、本当の自由なのか?

2023/08/15

戦後の日本の自由は、本当の自由なのか?

 今日8月15日の朝日新聞社説は、「戦後78年 日本と世界 自由を「つかみかえす」とき」というタイトルです。

 「占領下に置かれた日本は社会の自由を取り戻した。」とありますが、これは、本当なのでしょうか?

「『君たちはどう生きるか』の著者、吉野源三郎が当時の実感を回想している。
 「日本人自身が自分の手でこの改革をなしとげたというよりは外からの打撃によって旧(ふる)い勢力が打ち倒されたおかげが大きかったので、そう手放しに喜ぶことはできませんでした」(『職業としての編集者』)」

と、社説にありますが、外からの打撃によって旧い勢力が打倒されて、外からの勢力がそれに入れ替わり、その国のやり方に変わっただけなのではないでしょうか。我々は、日本として本当に自由を手にいれたのでしょうか。

 もし、日本として本当に自由を手に入れたのならば、「米軍統治下におかれた沖縄では、基地のため住民の土地が奪われた。権利が踏みにじられたまま日本復帰後の今に至る。」のは、何故なのでしょうか。自分の国の土地に対する権利が踏みにじられたままなのは、我々が本当の自由を手に入れていないからなのではないでしょうか。

 「この構造を日本社会はどこまで自覚してきただろうか。」というのは、我々が自由だと思っているのは、「アメリカが認める範囲内での自由」だということなのでしょうか。つまり、我々は本当の自由を手にした国家ではないということを指しているのでしょうか。

 ウクライナに対して、「負けて自由を得るという選択肢はない。」と言っていますが、歴史上、「負けて自由を得」た国が、どこにあるのでしょうか。

 「とことん議論する必要がある」のは、「防衛費の増額が内容の吟味も不十分なまま進」み、「貿易や投資にあたっては安全保障への配慮が当然のごとく語られ」、「「学問の自由」を守るため軍事研究に慎重な日本学術会議への政府の圧力が、やまない」のは、「アメリカが認める範囲内での自由」だからだということなのではないでしょうか。

 「敗戦で得た自由を、市民がわがものと受け止め、日々生かしてゆく。」などと社説に書くこと自体が、まさに「政府の責任を問うジャーナリストの役割」を果たしていないと考えられるのです。

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