続・人間老いやすく、学成りがたし: 歴史的な資料として、地域の住民が必要だと考えるものは、住民の手で残す努力をしなければ残せません。

2023/08/16

歴史的な資料として、地域の住民が必要だと考えるものは、住民の手で残す努力をしなければ残せません。

 今日8月16日のあなたの静岡新聞に、「老朽化 消えゆく「戦争遺跡」 静岡・歩兵第34連隊 最後の施設解体」という記事が出ています(Yahooニュースに載っています)。

 今年6月に解体された歩兵第34連隊の「陸軍静岡練兵場訓練講堂」についての記事で、これに関してこのブログでもコメントしましたが、この訓練講堂は、建物の内部に催涙ガスをたき、連隊の兵士が防毒マスク装着を訓練したとの証言が残る、戦時中に兵器として使われた毒ガスに対応する訓練用の施設で、民間の個人所有者が払い下げを受け、近年まで倉庫や住宅として使用していたのですが、建物の老朽化などから所有者が昨年、取り壊しを決めました。しかし、所有者は静岡市に保存の観点から相談をしたのですが、「指定文化財にする基準に達していない」(市文化財課)として、解体前の図面の作成、記録にとどめたとのことです。

 「指定文化財にする基準に達していない」という判断は、そもそもその基準が明確になっていないので何とも言えませんが、本当に残そうと思うならば、基準などどうにでもなるわけですから、保存の対応を取らない言い訳に過ぎません。記事にもあるように、これまでも歩兵第34連隊関連施設の保存が問題になったことがありますが、結局ほとんど残っていません。

 県近代史研究会員の方の「「地域から戦争を見つめるためには実物を残す意義は大きい。市民から資料を受け入れる態勢を作ったり、記録保存をしたりすることが重要で、行政の力が必要になる」という指摘はもっともですが、静岡市の対応やその他の事例を考えると、保存にあたり行政に頼るのは、もはや時代遅れなのではないかと思います。そもそも、よほどのことでない限り行政がお金を出すことは考えられないわけですし、それで無くなってしまって地域の歴史を語るのに困るならば、地域の住民が自分たちの問題として保存に取り組むことが必要なのではないかと思わざるを得ません。ひと昔前だと大事でしたが、いまならばNPOを立ち上げてクラウドファンディングで資金を集めることも可能です。

 よくよく考えると、現在残っている前近代の歴史資料は、特に文字資料は自説の根拠となってくれる説明資料の文書であり、それは必要だったから関係者が保存をしてきたわけです。確かに建物の現物保存は非常に大変ですが、自分たちの歴史を語るうえで大切なものならば、自分たちの手で残す努力をしなければ、何も残すことはできません。行政に頼る文化財の保存はもう終わりにして、活用しながら残す道を探っていく時代なのではないでしょうか。

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