続・人間老いやすく、学成りがたし: 宿題は「量」より「質」って、大方の先生たちは改めて指摘されなくても、もちろん考えますよね。でも…。

2023/06/04

宿題は「量」より「質」って、大方の先生たちは改めて指摘されなくても、もちろん考えますよね。でも…。

  朝日新聞の連載「宿題が終わらない」の第2回「その宿題、意味ありますか? 心理学者が問う「質」と親世代との違い」に対して、スポーツ教育学者で元ラグビー日本代表の平尾剛さんが5月25日に投稿したコメントが読めるようになっていて、そのコメントが6月4日に「理想の授業・宿題、実現に必要な改革は 平尾剛さんのコメントプラス」として記事になっています。

 最初の連載記事は、「宿題の「量」だけでなく、「質」にも目を向けるべきだ」とする問題提起の記事なのですが、その問題提起に関しては大方の先生たちは考えているはずですが、子どもたちの状況によっては(学校によってかなり実情は違うので、「質」を重視した宿題を出している学校もあるでしょうし、そもそも宿題をやめてしまっている学校もあるわけですが)、「量」をこなすことが意味のある場合もあります。多くの問題をこなすことで、解き方のコツがつかめたり、問題慣れすることでできるようになる場合もあり得るわけです。「習うより慣れろ」というわけです。

 ただ時には保護者が疑問に感じるような宿題が出ることもあるでしょう。それが頻繁にあるようならば問題ですが、おそらくそういうことも多くないでしょう。しかし、「質」を重視する宿題を出すことが必要なことも事実です。その際問題になるのが、今回のコメントプラスの平尾さんの指摘するようなことです。つまり、「質」を問うような宿題は「いかに興味を持てるかに主題をおき、時間をかけて授業をしたうえで」ないと出せないわけで、そのような宿題を出すためには「時間的にも精神的にも先生に余裕がなければできない」のです。「授業の準備と児童や生徒のことを考えるための余白」が必要なのです。

 今の学校は多くのことを抱えすぎて、「授業と児童・生徒のことを考える」ことが第一になっているとは言い難いのです。それゆえ、新人の教員も疲れてしまい、やめていく人が出てしまい、そのような情報を聞けば、教職が敬遠されて、人手不足になるのは、ある意味当たり前なのです。

 平尾さんの「教育改革をするならまずはここから始めなければならない」というコメントの「ここ」は「授業の準備と児童や生徒のことを考えるための余白」のことで、つまり教育改革をするのならば、教員が「授業と児童・生徒のことを考える」ことが第一になるような改革が必要だということです。もっと言えば、現行ありきの改革ではなく、現行の学校制度を一から作り直すような改革が必要だと思います。

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