続・人間老いやすく、学成りがたし: 御殿場馬車鉄道の車両を復元

2021/11/10

御殿場馬車鉄道の車両を復元

  11月8日、テレビ静岡で、御殿場市を走っていた馬車鉄道の車両復元を、御殿場馬車鉄道研究会の方々が市長に報告する様子が報道されました(ニュースはこちら)。

 1898年3月に地元の有力者により御殿場馬車鉄道株式会社が設立され、東海道線の御殿場駅が開設された新橋村(1898年4月に駿東郡御厨町、御殿場市の前身)から、富士山の登山口の1つとなっていた須走村まで敷設しようという計画で、会社の本社は御厨町西田中に置かれます。同年11月11日に、馬車鉄道が駅前の新橋停留場から御殿場停留場まで開通、現在も御殿場駅北側に「馬車道」と呼ばれる細い道が御殿場市役所前まで伸びていますが、この区間はおおむねこの馬車道部分だと想定できます。同年12月に柴怒田停留場まで延伸、翌1899年1月には須走停留場まで延伸し、御殿場駅前と須走を結ぶ全長5マイル28チェーン(約8.61キロメートル)の馬車鉄道が全通しました。

 しかし、他の鉄道との競争により経営に行き詰まり、1905年9月に会社は解散しますが、馬車鉄道は個人の野中到が買収し、「野中御殿場馬車鉄道」となりますが、1909年4月8日、再び地元の有力者により御殿場馬車鉄道株式会社が設立され、野中から馬車鉄道の経営が移管されます。事故が多かったことから、1910年2月に人車軌道への変更を申請しますが実現せず、路線は徐々に縮小され、1928年に全線が休止し、1929年1月に会社は解散、御殿場馬車鉄道は消滅しました。

 このように約30年にわたり運行されていたのですが、1929年に無くなってしまったゆえにあまり資料も多く残ってないため、研究会の方々はかなりご苦労されたことと思います。客車は幅5尺(約1.5m)、長さ7尺(約2.1m)で、定員は12人くらいだったとされていますが、ニュースでの写真を見ると、まさにそのくらいの感じに見えますので、かなりしっかりと復元できているのではないかと思います。復元した車両は12月12日に披露される予定だそうです。

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