昨日12月14日の中日新聞に、今度は徳川家康の四男で、尾張の清洲城主だった松平忠吉の書状を購入した記事が出ていました。購入先、時期が12月12日にコメントした徳川忠長の書状と同じなので、静岡市からのプレスリリースは同じタイミングで、中日新聞が記事の掲載をずらしただけだと思いますが。
10月12日付、大和の五条城主だった松倉重政宛の書状で、「来春者駿州為御普請御下之由(来春は駿州ご普請のため来られるとのこと)」の記述から、1607年から始まった駿府城の大改修の前年にあたるものと推定されるとのことです。書状の出だしには、酒にもち米のこうじを浮かせた「みぞれの柳」を送られたことへのお礼が述べられているのですが、逆に言えば、それだけの書状で、60万もするんですね。忠長の書状は約38万なんですが、この価格差ってなんなんでしょうか?
忠吉は2代将軍徳川秀忠の同母弟で、徳川四天王の一人である井伊直政の娘婿という立場ですが、この書状の翌年には亡くなるので、正直いって大した業績は無く、それほどメジャーでもありません。「家康の居城づくりに全国の大名が動員される過程を示す史料として貴重だ」とされていますが、そういわれても正直いって、❓❓❓って感じですね。
このようなものの価値ってよくわかりませんけど、どうしても値段につられてしまいますが、忠長の方が有名ですし、駿府城主だったという点では静岡にゆかりが深い人物なわけで、12日の時には批判的なコメントを書きましたが、あえて比べるならば、静岡的には忠長の書状の方が意味があるような気がします。
話がかわりますが、「みぞれの柳」って風流ですね。今のお酒に慣れている我々からすれば、おそらく味はたいしたことが無いでしょうが、ネーミングセンスが素晴らしいですね。
追記:家康研究で名高い静岡大学名誉教授の本多隆成先生によると、やはり忠吉書状の駿府城改修に触れている点が価値があるようです。
昨日の静岡新聞に、静岡市が新たに徳川氏関係の書状2点を入手したとの報道があった。駿河大納言徳川忠長と関ヶ原合戦後に尾張清須藩主となった家康の4男松平忠吉の書状である。何れも若くして亡くなっているので、発給文書自体が少なく、とりわけ後者は翌春の駿府普請に触れていて貴重である。 pic.twitter.com/DS8guov4dQ
— 本多隆成 (@TakashigeHonda) December 15, 2021
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