2月13日付け朝日新聞DIGITALの静岡版に、「命かけ「減税」直訴 義農・清兵衛の胸像建立 藤枝」という記事が出ています(静岡新聞では、2月5日付けです)。
記事タイトルには「義農」となっていますが、江戸時代の「代表越訴型一揆」の「義民」ですね。「静岡観光おでかけガイド」によると、藤枝市高柳にある「清兵衛地蔵」がこの記事に関連する内容のようです(詳細はこちら)。義民伝承は全国にありますが、有名なのは「佐倉惣五郎」ですかね。
この石上清兵衛なる人物は、現在島田市川根町笹間上の笹間城(石上城)城主だった武田家家臣の石上氏が藤枝市高柳に帰農したとのことです。記事には「青年」と表現されていますが、当時は25歳ならば「青年」扱いされる年齢ではないですし、庄屋だったようなので、このような行動は当然といえば当然です。帰農した武士が庄屋になることはよくあることで、元武士だからこそ藩に対して面と向かって発言できるわけです。現在の感覚とはまったく違うので、今ですとこのような行動がほめたたえられるわけですが、戦国時代の雰囲気がまだ残っていたこの時代の武士及び元武士にとっては、それほど特別なことではありません。人々の感覚は時代によって違うので、現代の認識でとらえると必ずしも正しいとも限りませんが、現在から過去を見てどう考えるのかということが「歴史」なわけで、少なくともそれを考える材料があるということは、意義のあることです。
先ほども書いたように義民伝承は全国のあちこちにありますが、民間での伝承の形で残っているものがほとんどなので、何らかの資料で確認できることがあまり多くないのが残念ですね。
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