続・人間老いやすく、学成りがたし

2021/12/15

静岡市、今度は松平忠吉の書状を60万5,000円で購入

  昨日12月14日の中日新聞に、今度は徳川家康の四男で、尾張の清洲城主だった松平忠吉の書状を購入した記事が出ていました。購入先、時期が12月12日にコメントした徳川忠長の書状と同じなので、静岡市からのプレスリリースは同じタイミングで、中日新聞が記事の掲載をずらしただけだと思いますが。

 10月12日付、大和の五条城主だった松倉重政宛の書状で、「来春者駿州為御普請御下之由(来春は駿州ご普請のため来られるとのこと)」の記述から、1607年から始まった駿府城の大改修の前年にあたるものと推定されるとのことです。書状の出だしには、酒にもち米のこうじを浮かせた「みぞれの柳」を送られたことへのお礼が述べられているのですが、逆に言えば、それだけの書状で、60万もするんですね。忠長の書状は約38万なんですが、この価格差ってなんなんでしょうか?

 忠吉は2代将軍徳川秀忠の同母弟で、徳川四天王の一人である井伊直政の娘婿という立場ですが、この書状の翌年には亡くなるので、正直いって大した業績は無く、それほどメジャーでもありません。「家康の居城づくりに全国の大名が動員される過程を示す史料として貴重だ」とされていますが、そういわれても正直いって、❓❓❓って感じですね。

 このようなものの価値ってよくわかりませんけど、どうしても値段につられてしまいますが、忠長の方が有名ですし、駿府城主だったという点では静岡にゆかりが深い人物なわけで、12日の時には批判的なコメントを書きましたが、あえて比べるならば、静岡的には忠長の書状の方が意味があるような気がします。

 話がかわりますが、「みぞれの柳」って風流ですね。今のお酒に慣れている我々からすれば、おそらく味はたいしたことが無いでしょうが、ネーミングセンスが素晴らしいですね。

追記:家康研究で名高い静岡大学名誉教授の本多隆成先生によると、やはり忠吉書状の駿府城改修に触れている点が価値があるようです。


2021/12/14

国立情報学研究所(NII)のディジタル・シルクロード・プロジェクト、新たな「シルクロード遺跡データベース」を公開

  国立情報学研究所(NII)で、新たな「シルクロード遺跡データベース」が公開されました。

 シルクロードって聞くだけで、ロマンを感じるのは、自分が子どもの頃に、NHKでやっていた番組を見ていたせいでしょうか。頭のなかで喜多郎作曲のシンセサイザーの音楽が流れちゃいます😁

 ただ、現実のシルクロードはかなり過酷で、特に今は中国のウイグル政策の関係でさらにひどい状況になっていると思いますから、今回のデーターベースのようなものが、自宅のパソコンで手軽に見れるということは素晴らしいことです。

 以前、知り合いの保存処理の専門の方に、敦煌の莫高窟での壁画の保存処理の話を聞いたことがあります。莫高窟は有名ですので、御存じの方も多いでしょうが、塩害により壁画が傷んでしまうので、それを修復する作業が世界中の専門家により定期的に行われています。壁画が描かれた壁の中の塩分が壁画の絵具との間に浮きでてきてしまい、塩の結晶ができることで絵具が浮いてしまって、ボロッと落ちてしまうらしく、脱塩処理をすることで壁画が浮き上がるのを抑えてから、修復をするという大変手間のかかる作業です。

 情報はカード形式になっていて、何せ砂漠の中ですから衛星画像を使って地図が示されているので、それだけでもかなりの情報がわかりますが、カード関係グラフによりいろいろな関係性がわかって、のめりこんでしまいました。

2021/12/13

東京大学史料編纂所のデジタルアーカイブで、滋賀県立琵琶湖博物館所蔵の「東寺文書」が公開されました。

  滋賀県立琵琶湖博物館所蔵の「東寺文書」(107通、重要文化財)が、東京大学史料編纂所のデジタルアーカイブズで公開されました(プレスリリースはこちら)。

 今回公開された「東寺文書」は、「東寺百合文書」(国宝、ユネスコ「世界の記憶」)と元来一体のものであるとのことですから、「東寺百合文書」が京都府立京都学・歴彩館により「東寺百合文書WEB」として公開されているので、滋賀県立琵琶湖博物館所蔵の「東寺文書」がデジタルアーカイブで公開されたことで、同じように調査研究に使いやすくなったわけです。

 史料編纂所の「データーベース検索」の中の、「Hi-CAT Plus」と「日本古文書ユニオンカタログ」から検索できますが、「Hi-CAT Plus」の方には、 「公開史料と利用の案内」に飛べるリンクが貼ってあります。

 プレスリリースの方に「本取組の意義について」が書かれていますので詳細はそちらに譲りますが、「東寺百合文書」を補う「東寺文書」がデジタルで簡単に見れるようになったことは、大変素晴らしいことです。これにより、より様々なことがわかるようになることが期待されます。

2021/12/12

静岡市が購入した徳川忠長の書状は、37万8,000円!

 12月11日の中日新聞に、2023年1月に旧青葉小学校跡地に開館する市歴史博物館で展示するために、3代将軍徳川家光の弟で、駿府城主だった徳川忠長の、新たに発見された書状を入手したとの記事が出ています。

 今年11月に37万8,000円で購入し、市歴史文化課の担当者は「「静岡の歴史を語る上で欠かせない史料」と強調」したと書かれていますが、書状は、「カモを送られたことへのお礼を述べた後、「相国様弥御快御膳被召上候由承、目出珍重奉存候」(相国様もいよいよ快く御膳を召し上がられたとのこと、めでたく珍重に思います)と記し」、「父秀忠の健康を喜ぶ内容」なので、これのどこか「静岡の歴史に欠かせない」というのでしょうか?

 確かに忠長の書状はほとんど残ってない(確認されていないだけかもしれませんが)ですので、忠長の書状であるということが貴重ですし、この書状が書かれたと推測される1626年以降の時期、忠長は駿府城主でしたので、駿府に在住していたと思われ、この書状は駿府で書かれた可能性が高いと思われますが、駿府のことを書いているわけでもないですし、このような内容ならば、どこにいてもありえる日常的なものですから、これのどこか静岡の歴史に欠かせないというのでしょうか?この書状をきっかけに何か新しいことが分かるというのならば欠かせないものと言えますが、「忠長が駿府城主だった時に書かれたと思われる書状」というだけに過ぎないと思ってしまうのですが…。それでも、なかなかいいお値段ですので、この前の浜松市と違って、きっと桐の箱などに入れて、特別収蔵庫に入れて保管されるんですよね。


 

2021/12/11

2018年の西日本豪雨で浸水被害を受けた「古学堂」修復のため、クラウドファンディングが実施されています。

  2018年の西日本豪雨で被災した「古学堂」を修復するためにクラウドファンディングが開始されています。少しでも多くの方の目に留まることを期待して、コメントします。

 愛媛県大洲市にある「古学堂(こがくどう)」は、「約320年前の江戸時代に神職師弟養成のための私塾として開かれ、後に広く庶民向けの教育施設となった建物で、学舎である学室と、図書館である2階建ての文庫で構成され、中でも築270年の文庫は「伊予最古の図書館」と言われ、大洲市の史跡」となっているものだそうです。

 この古学堂からは、「日本初の西洋式城郭の函館・五稜郭を設計し、日本人のみの洋式航海を日本で初めて実現した武田斐三郎や、シーボルトの弟子として知られ、後に大阪大学医学部の前身にあたる大阪医学校兼病院設立に携わった蘭学者の三瀬諸淵、尊王攘夷の志士である巣内式部、大洲大参事を務めた山本尚徳など」が出ているということですから、これが保存されることは歴史的に大変重要なことだと思います。

 クラウドファンディングの募集ページでは、古学堂に関することや、西日本豪雨での被災状況についてが、写真や絵図を多用して大変詳細に説明されています。このページを見るだけでもかなり勉強になります。

 一番低い金額が5,000円、その次が1万円で、その程度ならば、オジサンの小遣いでもなんとかなります😅目標は300万円で、来年1月24日までの募集です。

2021/12/10

「平安京跡データベース」が一般公開されました。

  立命館大学が、立命館大学アート・リサーチセンターおよび立命館大学歴史都市防災研究所が京都市生涯学習総合センターと連携して研究を進めてきた、平安京跡の発掘調査結果をまとめた「平安京跡データベース」と「平安京跡ストーリーマップ」を一般向けに公開しました。

 「平安京跡データベース」は、地図上に発掘調査地点を表示させていて、クリックすると約5,000件の調査概要資料の閲覧が可能となっていて、そのうち、約400件の発掘調査地点は、発掘調査平面図を現在の地図と重ね合わせて閲覧することができるようになっています。また、発掘調査地点、発掘調査平面図、復元図などの地理情報システム(GIS)データは、オープンデータとしてダウンロードが可能とのことです。クリックする点が少し小さいですが、調査資料として報告書等のPDFがついているので、その地点での発掘調査結果の詳細がよくわかります。

 「平安京跡ストーリーマップ」は、「第1 京都市平安京創生館「平安京復元模型」」、「第2 平安京跡内発掘調査地紹介」、「第3 調査区紹介」の3つの画像と地図のコンテンツがあります。

 「第1 京都市平安京創生館「平安京復元模型」」は、平安京復元模型の詳細を紹介した『平安京百景ー京都市平安京創生館展示図録ー』掲載の写真の一部が掲載されています。写真の場所が地図上で確認できます。『平安京百景-京都市平安京創生館展示図録-』の書籍紹介ページ・購入案内も出ています。

 「第2 平安京跡内発掘調査地紹介」は、平安京跡内で行われた発掘調査を調査地点単位で紹介するもので、平安京右京三条一坊二町地点が紹介されています。

 「第3 調査区紹介」は、一つの発掘調査区における発見を紹介するもので、平安京右京三条一坊二町地点での遺構、遺物が紹介されています。

 「平安京跡ストーリーマップ」は、まだ一部の情報しか出ていませんが、今後増えていく予定のようなので期待したいです。このデーターベースを駆使すれば、平安京についてかなり詳しくなれると思います。

 現在、「平安京跡調査平面図や復元図を用いた長宗繁一氏(京都アスニー)の論考「平安宮中央部の新復元案」を本サイト公開記念として公開しています」とされていますが、私が先ほど試したところ、リンクのプッシュボタンを押すと「Invalid Token」のエラーが出てしまうので、これに関しては直していただきたいのですが、もしかして気がついていないかな?

2021/12/09

日米開戦80年に思う

  昨日12月8日は、日米開戦80年でした。80年前の昨日から約3年8カ月の歴史的出来事は、その後の日本にとっては決して忘れてはならない日々です。

 さすがに昨日を中心に新聞では戦争に関するニュースが出ていました。例えば、朝日新聞DIGITALでは「日米開戦80年」の特設ページが設けられたり、各社社説でとり上げたり、関連するニュースがでていました。80年も経っているので、直接戦争に従軍した人の記事はわずかになってしまい、子ども時代に空襲を体験したり、その他の形で戦争を経験した人の話でさえもかなり少なくなっています。おそらく、直接語るその姿を見ることができるのも、あと数年ということになってしまうでしょうが、そうなると我々は残された資料から、戦争を経験した人たちの言葉を受け止めて、それを教訓とし、次の世代に伝えることが必要になります。戦争がこの世から無くなる時代が来るまでは、戦争のことを次の世代へ伝える行為を決してやめてはいけないと思います。

 幸か不幸か、戦争に関する資料は、文字資料にとどまらず、写真、映像などの資料もたくさんあります。これをうまく使っていけば、少なくとも次世代へ伝えることはできますが、体験者が「戦争は二度としてはいけない」と語るその思いとともに次世代に伝えることが必要なのですが、これはなかなか難しいことです。私自身も、戦争の事実は伝えることができても、体験者の思いをどう伝えれば良いのか、いいアイデアを持ち合わせているわけではありませんが、ただ少なくとも思いを伝えることの大切さだけは、決して忘れてはいけないと思っていますし、歴史を学んでいる人間として、何とかしてそれを伝えていけるように、試行錯誤していきたいと思っています。今日のこのブログでのコメントも、ささやかながら、それを伝えることの一助になればという思いで書いています。

2021/12/08

電子取引のデータ保存、22年1月から義務化

  今週の『週刊エコノミスト』(12月14日号)に、元国税調査官の松嶋洋氏による、電子取引のデータ保存の義務化についての論考が出ています。

 2021年度の法改正により、22年1月から電子データをプリントアウトして保存することが認められなくなることについて、問題点を指摘されています。簡単にいえば、これにより、事務の手間が確実に増えコストが増える可能性があるとしています。また、この改正が広く周知されているとは言い難く、対応が間に合わないといった事態もあるとも指摘しています。

 一昨日の公文書管理の「施行令」および「ガイドライン案」の時にもコメントしましたが、そもそも電子データの取り扱いは、一見簡単そうですが実際にはいろいろと気をつけなければならないことがあるわけです。松嶋氏の指摘もそういったことに類する内容で、チェックする側の国にとっては従来よりも手間がかからないかもしれないのですが、それをやる側にとっては、大変な手間がかかるということが、国はわかっていない、あるいはあえてそれは問題にしていないわけですが、本当はこのようなことはもっと問題視して、いろいろな場面で議論するべきことではないかと思います。ただ残念ながら実際には、公文書の時もそうだったわけですが、何か問題が起きた時にだけ世論が盛り上がり、今度はそれゆえ、にわか専門家が出てきて議論をかき回し、結局大事な核心部分はなし崩しのままで過ぎていき、国の都合の良いようになっていくというのが、現在のこの国の姿なわけです。

2021/12/07

東京大学地震火山史料連携研究機構が、「地震史料集テキストデータベース」を正式公開

  先週、地震が相次ぎ、特に和歌山での地震は、南海トラフか?!って少し慌てましたが、9月30日に試験公開が行われていた、東京大学地震火山史料連携研究機構の「地震史料集テキストデータベース」が、12月1日に正式公開されました。

 今回正式公開されたデータベースは、「[古代・中世] 地震・噴火史料データベース(β版)」、「古地震・津波等の史資料データベース」、「史資料データベース」のデータと、新たにテキスト化したデータを統合し、横断的に検索できるようにしたものとのことです。

 東京大学地震研究所図書室の特別資料データベース内に地震史料集のPDFがありますが、膨大な分量なので、どこから見ればよいのか分かりにくいのですが、今回のデーターベースで検索することで、地震史料が探しやすくなるわけです。検索窓があるだけの非常にシンプルな作りになっていますので、とにかくキーワードを入力するだけで、何らかの地震史料のリストが出てきて、史料全文へ飛ぶことができます。

2021/12/06

「公文書等の管理に関する法律施行令」等の一部改正案と、「行政文書の管理に関するガイドライン」の改正案についての意見募集

  今日12月6日の朝日新聞DIGITALに、「「公文書等の管理に関する法律施行令」等の一部改正案」と、「「行政文書の管理に関するガイドライン」の改正案」についてのパブコメに関する記事が出ていて、「文書管理の基本を紙媒体から電子媒体に改める」ことに関しての懸念を指摘しています。

 確かに、「「電子媒体による文書の作成・取得」や「電子文書による保存」を基本」とし、「紙で入手した文書も、スキャナーなどでデジタル化したものを「正本」とし、もとの紙は1年未満で廃棄できる」という新しいガイドライン案は問題があります。利便性のみの観点で電子文書中心にしようとしているとしか思えません。そもそも電子文書は、保存性や安定性の点で問題があり、長期保存のためには適宜媒体変換を行い、正副を用意して、1つはまったく違う安全な場所で保存しておく必要があり、そうしなければ長期的に保存できるか分からない、非常に不安定なものなわけです。また、電子文書が裁判などの際の証拠として採用になるのかどうかは裁判所の判断次第で、近年は発信履歴がわかるメールなどが証拠として採用されてはいますが、Wordなどで作成する文書などは作成日などその気になれば簡単に改ざんできるので、果たして証拠として採用になるのか、今のところ明確になってはいないのに…。このようなデジタル化への対応がきちんとできているのかというそもそも論の部分を見ることが重要なのではないかと思うのですが、朝日新聞の記事での懸念の観点は、私が問題視しているのとはやや見方が違っています。某准教授のコメントも、問題視しているポイントがややずれている気がしますが…。

 だいたい、11月9日に受付を開始している「施工令」と、11月20日に受付を開始している「ガイドライン案」のパブコメのことを、締切2日前に報道するって、どういうことでしょう?

2021/12/05

伊豆急行線、開業60周年記念イベント

  2021年12月10日、伊豆急行線が開業 60 周年なんだそうです。「伊豆急行の歩み」を見ると、会社の設立登記は1959年4月11日ですが(その時点では「伊東下田電気鉄道」という会社名で、1961年2月20日に現在の社名となっていますが)、1961年12月10日に営業運転が開始されていますので、それで60周年ということのようですが、それを記念していくつかイベントが開催されます。

 1つ目は、JR 東日本209系を被写体とした車両撮影会です。209系が装飾前の無ラッピング状態になっているとのことで、この状態を見れることはかなり珍しいので、注目です。これは、12月11日の土曜日に開催されるとのことです。撮影会は伊豆高原駅構内で開催され、時間は①10:15~10:35、②10:45~11:05、③11:15~11:35、④11:45~12:05の4回、各回参加上限100名、撮影会参加時には乗車券類の提示が必要です。

 2つ目は、「ぽすくま 伊豆高原駅長任命式」×「いずきゅん 4周年ぬりえイベント」です。9月18日から 2022年3月25日(金)まで、日本郵便と伊豆テディベア・ミュージアムのコラボ企画で、「ぽすくまのラッピング電車」が運行されているのですが、このコラボ企画に合わせて、日本郵便株式会社のキャラクターであるぽすくまが、12月10日、11日の2日間伊豆高原駅長に就任するんだそうです。

 鉄道ファンとしては、もちろん209系ですが、父ちゃんだけ出かけると家族に不評でしょうから😅カワイイぽすぐまやいずきゅんをダシに使って、209系の撮影会に行くという作戦でどうでしょう👍

2021/12/04

歴史に出会う~ 富士地域歴史散策ガイドマップが出ました!

  一般社団法人富士山観光交流ビューローのFacebookで、来年の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」にちなんで、富士地域で起きた出来事や、源頼朝や北条義時などの歴史上の人物に関連するスポットを紹介する新しい歴史散策ガイドマップの完成が発表されています。

 現在の富士・富士宮地域は、源平合戦や富士の巻狩りが行われるなど、鎌倉幕府成立前後の時代に関わりが深いので、いろいろと関係する場所がありますが、このガイドマップには20か所が紹介されています。

 ガイドマップは新富士駅観光案内所や富士地域の観光施設等に配架しているとのことですが、上記FacebookにはPDF版のリンク先も載っていますので、そちらからダウンロードすればOKです。

 20か所の中に、日本五大桜の1つである「狩宿の下馬桜」が入っているので、理想をいえば、春に訪れるのが良いかと思います。富士・富士宮周辺は自然豊かな土地なので、「狩宿の下馬桜」以外にも花のきれいな場所が多いですから。富士市の岩本山公園なんかも桜がきれいですよ。

2021/12/03

シーチキンの「キン肉マン」コラボ缶発売!

  はごろもフーズのシーチキンに「キン肉マン」のコラボ缶が出たようです。オイル不使用の「マイルド」と「Lフレーク」の2種類ですが、「マイルド」と「Lフレーク」それぞれ12人ずつ、24人の超人がデザインされた24種のパッケージがあります。

 キン肉マン世代の我々にとっては、高たんぱく低脂肪で、まさにうってつけの食材ですね😋

 「マイルド」が、キン肉マン、テリーマン、ブロッケンjr、ジェロニモ、ロビンマスク、ウォーズマン、バッファローマン、ミート、ラーメンマン、ウルフマン、アシュラマンと、魚マークのキン肉マンのレア缶の12種類。

 「Lフレーク」が、ブラックホール、ザ・魔雲天、ザ・ニンジャ、スニゲータ、スプリングマン、ステカセキング、サンシャイン、プラネットマン、アトランティス、ミスターカーメン、ジャックマン、悪魔将軍の12種類。

 これ、全部を目にするとなると相当大変でしょうけど、地元ですし、もしかすると、もしかするかもですね。こういうの、集めるの好きなんですよ(そういえば、キン消しも集めたっけなぁ)。シーチキンなら、子どもも大好きですし、買いあさっても妻に怒られないと思うので😅探してみようかな。そうすれば、キャンペーンにも応募できますしね😆

2021/12/02

新居関所史料館で、「保存整備の いま・むかし -写真と映像でたどる新居関所のあゆみー」開催中

 11月30日の中日新聞で、「新居関所「面番所」保存整備の記録 湖西の史料館で」という記事を見たので、新居関所史料館の企画展情報を見たら、10月5日から開催されていました。企画展は12月25日までなので、もう1か月ありません。熱海市に続き、また遅い紹介になってしまいました(アンテナが低くかったですね😅)。

 上記企画展情報によると、「関所の中心建物である面番所の解体修理から今年で50年。日本で唯一現存する面番所はいつ建てられ、その後どのように保存されてきたのか。面番所の建築について、昭和46年の解体修理を記録した貴重な8mm映像と関所の資料や写真を中心にその周辺の整備の変遷を紹介します。」ということです。

 修理記録の映像は重要ですね。昭和46年の修理工事は、「柱や屋根など傷んだ箇所の修復だけでなく、学校や役場として変更していた間取りを江戸時代の姿に戻す作業も並行して進められた」とのことで、映像によって具体的な修理箇所や修理方法がわかりますし、当時工事を担当した職員のインタビューもあるとのことなので、それらの記録自体を適切に保管しておくことが必要ですね。

2021/12/01

浜松市博物館、所蔵史料紛失!

  11月29日に発表された情報ですが、絵図や古文書など6点もなくなるとは!!

 「浜松城二の丸絵図」、「東海道名所図会」、暦師の佐藤伊織による四十五冊組の「伊勢暦」のうちの一冊、絵図「遠州五千石御替地図(川東領)」、絵図「遠州浜名五千石図(浜名領)」、「金原明善書簡」の6点、購入総額は約369万円で、中でも「浜松城二の丸絵図」は206万円で重要物品に指定されているということです。

 ただ、問題なのは、この6点のうち、絵図3点は、資料約2万点を保管している博物館第一収蔵庫に、まとめて風呂敷に包んで保管していたということですね。少なくとも重要物品に指定されている「浜松城二の丸絵図」などは、桐の箱に入れて、他の史料とは別に、本来はそのような重要な史料用に特別収蔵庫を用意して、そこで保管するのが正しいやり方なのですが、かなり雑な保管方法ですので、逆にびっくりしました。正直いって、その程度の管理では紛失するのもやむを得ないかと思います。

 紛失といっても実際は盗難にあったということでしょうが、「金原明善書簡」以外は近世のものなので、その辺の知識がある人間の可能性がありますね。まぁ、金原明善も近代といっても初期のころの人ですし、書簡ですから崩し字で書かれているはずで、近世文書に慣れている人なら読めますから、やはり近世の知識がある人間がかかわっている可能性が高い気がします。所在が確認されているのは昨年度の定期調査ということですから、かなり時間が経ってしまっているので、もうすでに古美術商とかに流れてしまっているかもしれませんね。