3月31日の中日新聞デジタル静岡版に、「「木装基檀」復元は全国初 磐田の遠江国分寺跡」という記事が出ています。
全国初の講堂の「木装基壇」復元ということですが、「木装基壇」とは、土を叩き締めて地面より高く盛った土台の周りを、土が崩れないよう柱と板で囲ったもののことで、簡単にいってしまえば、いわゆる土留ということですが、そもそも国分寺の基壇が「木装」なのは、三河国分寺で確認されているのみです。まぁ、木なので残りにくく、なかなか確認できないということもあるのですが、一般的には石や瓦を使うことが多い中で、木を使っているというのは珍しい事例です。しかも遠江国分寺は、金堂や塔をはじめとした主要な建物が「木装基壇」であり、さらに木製柱の灯籠跡や木製の暗渠排水路も確認されています。
記事の中で、何故「木装基壇」なのかについて、「石が採れず木が使われた可能性がある」とされていますが、金堂や七重塔の柱を支える礎石には、市北部の敷地地域産とみられる粗粒砂岩が使われていることがわかっているので、石が採れなかったということはないと思われ、また遠江国分寺で使用されている瓦を供給した掛川市(旧大須賀町)清ヶ谷古窯群には、一般的には瓦や石などとともに基壇外装に使われる塼(せん)と呼ばれるレンガ状のブロックがあることから、遠江国分寺は石の代わりではなく、意図的に「木装」にしたのではないかと考えられます。
主要な建物や灯籠などで木材が利用されているという点では、統一感があって見た目が美しいと想像されますが、何故あえて「木装」なのか、何の効果をねらっているのか、疑問です。
ちなみに、4月1日に「史跡指定100周年 遠江国分寺跡 講堂・僧房 木装基壇完成記念見学会」が開催されました。
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