続・人間老いやすく、学成りがたし: 舎人親王の邸宅跡であることを示す、直接的な遺物は出ていないようですね。

2023/04/04

舎人親王の邸宅跡であることを示す、直接的な遺物は出ていないようですね。

  4月3日、各メディアで報道された、奈良市の平城京跡の発掘調査で見つかった奈良時代前期の大型掘立柱建物跡ですが、

1.調査付近が現在の市役所近くで、平城京の区画だと「左京三条三坊」という当時の「一等地」であり、

2.4町分を利用した宅地の中心建物と推定され、最も大きいと推定される建物は、推定で東西約20メートル、南北は10メートル以上で、柱を立てるために掘った方形の穴も、一辺1・5メートルと巨大である、

3.官窯で焼かれた710年代中頃~720年代頃の瓦も多く出土し、この時期に広い宅地を持てる高位の人物で、邸宅跡が判明していないのは、天武天皇の第3皇子、舎人親王だけ、

ということから、長屋王とともに皇親勢力として権勢を振るった舎人親王の邸宅跡の可能性が高いということで発表されたのですが、名前を記した木簡が出土した長屋王のように、居住者が分かる遺物は出土していないので、ひたすら可能性は高いと考えられながらも、断定はできないことが残念ですね。

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