今日7月3日の朝日新聞の社説、「参院選 教育政策 現場の疲弊に目を」ですが、この社説自体が、現場の疲弊に目を向けていない社説です。教員不足の記者会見の写真が出ているので、教員不足のことを話題にしようとしていることは想像できますが、ただ各党の政策を並べるだけで、具体的な提言も、新聞社としての考えも何も主張していない、ただの作文になっているわけで、そりゃ、簡単に解決できる問題ではないですが、何か提案しなければ、社説の意味がないわけです。
そもそも教員不足は今に始まったことではなく、戦前には正教員が常に不足し、准訓導や代用教員が多かったわけです。現在でも正教員の不足分を講師で埋めていますが、圧倒的に正教員が多く、文字通り穴埋めとして講師がいるという状況ですが、近年は講師のなり手が多くなく、穴が埋まらないために、問題化しているわけです。これは何故なのか、原因は色々あるはずで、この問題だけでも相当に議論する必要がありますが、教員不足であるという状況を、ただ大騒ぎするだけで、根本的な部分には対応できていません。
また、問題になっている時間外労働が多いということも、単純に授業以外にやらされていることが多いからなわけで、未来を担う子どもにきちんとした教育を受けさせたいのならば、学校は純粋に勉強をするところに徹するしかないと思います。そうすれば、人手が足りないということも無くなるような気がしますが。
学校は、将来のために必要な知識を身に付けるための場所であり、日中子どもを預ける場所ではありません。学校そのものの役割を、もう少しシンプルにする必要があるでしょう。また、教員もそのために存在しているのですから、授業以外はする必要もなく、逆に授業を売りにできなければ、教員としても意味がありません。世の中の、途方もない大量の情報を、うまくコンパクトにまとめて、子どもたちに学ばせることが、教員の仕事なのです。もちろん、そのようなことは簡単にできるものではなく、かなり時間をかけて教材研究をし、常により良い授業をやるために準備をすることが必要です。当然、優秀な人間じゃないと、そのような作業は難しいですから、それなりの給料を出すことで、優秀な人間が教員になるようにする必要があります。教員は授業のプロでなければなりません。政治家を始め、すべての国民がそのような認識を前提にしなければ、学校の働き方改革なる、小手先の改革程度では、根本的な問題の解決にはつながらないでしょう。
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