今日3月11日は、東日本大震災から12年です。各メディアでも、いろいろ取り上げられていますが、今日の朝日新聞の社説も、「原発事故から12年 教訓捨てる「復権」 許されず」という記事ですが、あれだけのことがあったのに、なぜ世の中は変わらないのでしょうか。
3・11は、ひとたび原発が制御不能に陥ると、取り返しのつかない惨禍を招く現実を見せつけ、政府は「廃炉完了に30~40年間、費用は8兆円」と想定していますが、その程度ではすまないとの見方が多いにもかかわらず、政府は「原発復権」へかじを切りつつあります。
今日の中日新聞デジタル静岡版に、「御前崎「エネルギー教育」試行錯誤 中立性に課題」という記事が出ています。中部電力浜岡原発が立地する御前崎市で、立地に伴う風評被害に傷つかない知識を身に付けるために、小中学校で独自の「エネルギー教育」を行っているというものですが、「近年は中電による出前授業と浜岡原発の見学会が柱となり、中立性の担保が課題となっている」とされています。
「中電の担当者を前に、三〇年度の望ましいエネルギーミックス(電源構成)を班ごとに発表する中で、生徒たちが原発の利点を説明」するという、どう考えても偏った授業で、これですと「リスクはあっても原発は必要」と考えるようになるもの当然だと思います。
同じ今日の中日新聞デジタル静岡版の「「原発なくした方がよい」53% 常葉大菊川高で本紙調査」という記事の中にも、「御前崎市から通う生徒に限ると「ある方がよい」が64.1%」で、「御前崎市の生徒からは「市にお金が入るから」「災害対策をしていれば問題ない」」という声があがっていることからも、御前崎市の「エネルギー教育」は、かなり問題があります。
「あれだけのことがあったのに、世の中変わらないんだな。自分の経験が伝わらないと思うと、息苦しいですね」
朝日の社説に出てくる、東日本大震災の津波で次女、妻、父が行方不明になり、原発事故で捜索もままならないまま、避難指示で故郷を追われ、災害への備えや事故の背景を自分ごととして考えてほしくて、その過酷な体験を語る活動を続ける人の言葉です。この言葉、ぜひ多くの人に伝えたいですね。そのうえで、これから我々はどう生きるべきかということを、ぜひ考えてもらいたいです。
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