続・人間老いやすく、学成りがたし: 教えやすい教科書ができても、教員がきちんと教材研究をしなければ、良い授業にはならないのでは?

2023/05/24

教えやすい教科書ができても、教員がきちんと教材研究をしなければ、良い授業にはならないのでは?

 5月22日の朝日新聞デジタルに、「来春の小学校教科書、若手も教えやすい工夫 授業の準備を省力化」という記事が出ています。

 世代交代で経験の浅い教員が増えたことや、業務の増加と教員不足で先生たちの忙しさが解消されない現状のなかで、「来春から小学校で使われる教科書は、これまで以上に「先生が教えやすい工夫」が凝らされている」ということなのですが、いくら良い教科書を使っても、教員がその教材について、教材研究をしてしっかり知っておかないと、良い授業にはならないのではないでしょうか。

 今までのように教員が「教科書を教える」でもなければ、「教科書で教える」でもない、「生徒が自ら学ぶ」スタイルになっていくとしても、「教科書が教えやすくなる」ことで、うまく授業が進むわけではないはずです。

 いろいろなデジタルコンテンツにつながるように工夫された教科書が、小学校に限らず、でてきているわけですが、「経験が浅かったり、授業準備に時間がさけなかったり」すれば、結局そのような豊富なコンテンツをきちんと理解しないまま授業に臨めば、子どもたちが勝手にそれらで遊ぶだけになってしまいます。いくら「教員が教える」スタイルではないとしても、それで教育的効果が薄れてしまいます。

「教えやすい教科書」があれば、準備をしなくても授業ができるということならば、そもそも教員はいらないということで、それこそ昨今多くなりつつある「教員免許を持っていなくても採用する」、「採用されてから取得する」教員でも、すぐに授業ができるということを狙っているのでしょうか。だとしたら、日本の教育は衰退していくでしょう。「教員は専門職」であるはずなのですが、日本はそうじゃなくても良いと言いたいのでしょうか。これこそ教育を軽視していることの一例ですね。

0 件のコメント:

コメントを投稿