今日10月23日のYahooニュースに出ていましたので、紹介します。
記事にもあるように「田中城は家康が鷹狩りの際に立ち寄った城として知られ」ていますが、「この田中城でタイの天ぷらを食べ、それがあたって亡くなった」という俗説は、良く知られていると思います。元和2年(1616年)1月21日、鷹狩に出て田中城に立ち寄り、夕食でタイの天ぷらを食べ(京都で流行っている料理だということで、茶屋四郎次郎が出したタイの天ぷらは、タイをごま油であげ、にんにくをすりかけたもので、衣はついていないようなので、今でいう唐揚げらしいのですが。)、その夜、腹痛と食あたりをおこしましたが、薬の服用により小康を得て、25日駿府城に帰っています。実際に亡くなったのは4月17日なので、食中毒が原因で亡くなったとしたら、時間が空きすぎています。現在では死因は胃がん説が主流となっています。
御城印が販売される「田中城下屋敷」は、田中藩主・本多家の庭園であった別荘で、現在は本丸にあった物見櫓、茶室、仲間部屋・厩、長楽寺村郷蔵が移設されています。ここで、「田中城跡散策ガイド」が入手できます。「田中城下屋敷」は入場無料なので、立ち寄ってこのガイドを入手すると良いと思います。
今回の「御城印」の企画は、来年創立150年の西益津小学校と、60周年を迎える藤枝ライオンズクラブによるものですが、この西益津小学校は田中城旧本丸跡にあります。ちなみに旧三の丸跡には西益津中学校が建っています。「円郭式」の縄張をした珍しい城である田中城跡は、周辺にいろいろと痕跡が残っているので城好きにとっては大変おもしろいと思います。ただ、本丸跡や三の丸跡をカメラを持ってウロウロしていると、怪しく思われるかもしれませんが😅
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