続・人間老いやすく、学成りがたし: 家康に関する伝説の1つが、一歩解明に近づいた⁉

2023/02/06

家康に関する伝説の1つが、一歩解明に近づいた⁉

  2月5日の中日新聞デジタル静岡版に、「家康救った孫尉の位牌発見 浜松・筏問屋田代家で展示」という記事が出ています。

 浜松市天竜区二俣町鹿島の国登録有形文化財「旧田代家住宅主屋旧田代家住宅土蔵」の、解体修理中の土蔵から、徳川家康に協力した功により天竜川の筏川下げ等の御朱印を受けたとされる孫丞の位牌が発見されたという内容です。

 上阿多古草ふえ会『ふるさとものがたり天竜』(上阿多古草ふえ会、1987年)によると、この孫丞なる人物と家康とのエピソードは、

 「家康は天竜川で何十本もの材木を、藤つるで頑丈に結わえ、二つも三つも連結して流れる筏を見た。家康はこれほどたくさんの筏を男が一人で操っていることに驚き、その者の名前を聞いた。男は鹿島村の孫尉と名乗った。家康は孫尉に「天竜川筏乗り下げの特権」を与えた。

という伝説と、

 「二俣城の偵察からの帰り道、家康が鹿島の渡船場(今洲の渡し)に来ると、船が無くなっていた。武田方の仕業に違いないと困っていると、椎ヶ脇神社の神主孫之尉が村人を集め、またたく間に竹の筏を仕上げて家康に差し出した。おかげで家康は、無事浜松へ帰ることができた。
 その後、孫之尉は家康からたくさんの褒美と、今洲の渡しの渡船場支配者権を与えられたという。

という伝説の2つがあり、中日新聞に出ている「今洲の渡し」の伝説は後者ですが、「悟翁浄頓社使」が孫尉の戒名とされているところを見ると、「椎ヶ脇神社の神主」とされているもの、まんざらではないと思われます。ただ、江戸時代の旧田代家は筏問屋であったことから、前者の伝説の要素も関連がありそうで、前者の「鹿島村の孫尉」と後者の「椎ヶ脇神社の神主孫之尉」は同一人物だと考えることができそうです。中日の記事にあるように、「伝説的な人物の解明に一歩近づいた」と言えそうです。

 ちなみに、「旧田代家住宅主屋・旧田代家住宅土蔵」は、
 
登録有形文化財の概要
 田代家は江戸時代に天竜川の渡船場の船越頭を務める一方で、天竜川筏の受け
  継ぎ問屋を経営し、栄えた旧家。
  川畔に敷地を構え、筏問屋にふさわしい選りすぐりの木材、巧みな技法を用い
  た建物が特徴的。
(1)旧田代家住宅主屋(きゅうたしろけじゅうたくしゅおく)
     木造2階建、切妻造、桟瓦葺で、安政6年に建築。
     舟運による繁栄を伝える大型民家。
 (2)旧田代家住宅土蔵(きゅうたしろけじゅうたくどぞう)
    木造2階建、切妻造、桟瓦葺、外側漆喰塗。昭和前期建築。

ということで、2015年国登録有形文化財に登録されました。現在は浜松市の所有で、土・日・祝日のみ公開しています。入館料は無料で、筏問屋田代家住宅専用の無料駐車場もあり、5日から日曜日を中心に公開されるこの位牌も見ることができます。

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