続・人間老いやすく、学成りがたし: 「校則」なんかなくても、何も問題など起きないと思いますが…。

2023/02/05

「校則」なんかなくても、何も問題など起きないと思いますが…。

  2月1日の朝日新聞デジタルに、「理不尽な校則、生徒主体の見直しに疑問 識者「校長の一言で済む話」」として、名古屋大大学院の内田良教授のコメントが出ています。

 「今、校則改革の物語のほとんどは、子どもたちが主体となって校則を変えていくものになってい」て、「少しの自由だけを認めて、「子どもたちが主体的に動きました」と美談になっている」が、これは理不尽であり、本当ならば「校長の一言で済む」と述べていますが、まさにその通りだと思います。

 また、「校則改革はやらなくていいし、他のものにエネルギーを使ったほうがいいと思います。別に他の色んな場面でも、子どもの主体性は発揮できます」というのも、まさにその通りだと思います。

 校則が無くなると「何かが起こる」と警戒する先生もいらっしゃいますが、たぶん何も起こらないと思います。だって、靴下が黒だろうと白だろうと、赤だろうと黄色だろうと学校生活に支障をきたすことはありませんし、校章がついてなくても勉強にはまったく関係ありません。スマホだって、今や一人一台端末で高校などではスマホで代用しているところもあるはずで、多少の注意喚起は必要でしょうが、すべての生徒が授業中にスマホばかりに気を取られるということもないでしょう。スマホなどは授業で調べ物をさせるなど、教員のやりようなのですが、むしろ教員が授業でスマホなどの利用に慣れていないので、うまく活用できないだけな気がします。

 現在、理不尽な校則が多いのは、昔作ったものが、時代が変わり、社会が変わっても、そのままになっているからですが、一方でそれを良しとし、「らしさ」を求める社会の空気があるのも事実です。特に高校生などは良くも悪くも目立ちますから、朝の登校時や放課後の街での行動に関して、それを受け止めてくださらない方たちが一定数いらっしゃり、「あの学校は何をしているんだ。先生たちはどういう教育をしているんだ」とお怒りになられる方たちがいらっしゃるのです。確かに若いゆえの無謀さはありますが、多くの中高生は常識の範囲内で行動しているはずです。ただ、やや目立つ存在が一部居ることも事実で、それが「最近の中学生は、高校生は…」ということになってしまっているのだと思います。それゆえ、学校の教員も簡単には校則を変えることを認めないし、校長も一言が出せないのだと思います。

 ただ、正直どうでも良い校則もいっぱいあります。そういうのは「校長の一言」で変えれば良いでしょう。むしろ校則でしばるよりも社会のルールを(田舎の場合、高校生は自転車通学が多く、それがかなり危険であることも事実なので例えば「道路交通法」とか)、具体的に教えれば良いのではないかと思います。「校則」はやめて「法律」を守ることをきちんと教えておいた方が、18歳成人にしたことも、より意味のあることになるのではないかと思いますが。

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