続・人間老いやすく、学成りがたし: 「発達障害の可能性がある子」には教員以外の別の専門家がつく、TTスタイルで学級経営するのはどうだろうか。

2023/01/07

「発達障害の可能性がある子」には教員以外の別の専門家がつく、TTスタイルで学級経営するのはどうだろうか。

  昨日1月6日の朝日新聞社説は、「「発達障害」の子 学校と専門家 力集めて」というタイトルです。

 このブログでも昨年の12月13日にコメントした、「35人のクラスなら発達障害の可能性がある子が3人いるのに、支援が行き届いていない」という報告に関しての社説ですが、「専門家との連携がカギになる。政府は、子どもの心をケアするスクールカウンセラーや、家庭や専門機関と連携して支援するスクールソーシャルワーカーらの配置を増やすべきだ。」という主張はもっともで、これには賛同します。

 問題なのは、文科省が、「教員免許を取得する際、特別支援の授業で1単位以上取ることを義務づけ」、「若手教員に特別支援学級・学校を2年以上経験させるよう、教委に求めている」点です。

 社説にもあるように「教員の間に特別支援の知識が行き渡ること」は確かに必要ですが、現在の学校で、教員にそこまでやらせるのはどうかと思います。35人学級ならば「発達障害の可能性がある子」ではない、普通の子どもの方が圧倒的に多いわけですし、クラスには「発達障害の可能性がある子」以外にも、そこまでではなくとも、様々な点で手がかかる子どもは他にもいるはずです。または、「発達障害の可能性がある子」以外、他に問題がないのならば、残りの子どもをしっかりと学ばせることが、本来教員がすべきことです。

 「国連の障害者権利委員会は昨年、障害がある子を分離する教育は問題だと日本政府に勧告した」ように、「発達障害の可能性がある子」に社会性をつけさせたり、普通の子には障害のある子と共生することを学ばせたりする意味で、個人的にも分離はしない方が良いように思います。ただ社説に言っている「まずは分離せずに授業の進め方などの工夫で対応し、難しければ個別対応に切り替える。そんな柔軟な進め方を試してもいい。」というのは、理想論であり、現実はそんな余裕はないと思います。

 そのような点から「発達障害の可能性がある子」を指導する別の専門家が、その子たちについてあげて、TTのようなスタイルで学級経営をする形にすべきだと思います。いくら教員が特別支援の知識を持っていようと、どうしても「発達障害の可能性がある子」に手がかかってしまい、他の子どもへの目配りが少なくなってしまうと思われますから、できるだけ多くの子どもたちに気が回せるように、「発達障害の可能性がある子」を指導する別の専門家が配置されるようになる方が、「発達障害の可能性がある子」にも、それ以外の子どもにも、また教員にとっても良いことなのではないかと思います。

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