続・人間老いやすく、学成りがたし: 教育にはお金がないと。

2021/07/01

教育にはお金がないと。

  6/29、科学技術・学術政策研究所(NISTEP)が、「修士課程(6年制学科を含む)在籍者を起点とした追跡調査(2020年度修了(卒業)者及び修了(卒業)予定者に関する報告)」を公開しています。昨年はCOVID-19の影響で、かなり特別かと思いましたが、報告を見ると、COVID-19だからというのはそれほど多くはないように感じました。

 この調査は、そもそも「修士課程修了者の進学率が、2000 年度の 16.7%以降、減少傾向にある」ということから行われたものですが、概要2、概要3ともにお金の話ですし、この調査の一番大事なポイントである、概要7の「博士課程進学ではなく就職を選択した理由」が、

「経済的に自立したい」(67.9%)
「社会に出て仕事がしたい」(62.3%)
「博士課程に進学すると生活の経済的見通しが立たない」(38.3%)
「博士課程に進学すると修了後の就職が心配である」(32.5%)
「博士課程の進学のコストに対して生涯賃金などのパフォーマンスが悪い」(30.6%)

という結果からもわかるように、結局、お金の問題ってことですね。
 そもそも、大学へ行くこと自体が、4年間でかなりのお金が必要です。それにプラスして大学院修士課程の2年間、博士課程の3年間(実際は3年間では済みませんが)で、さらにお金がかかります。それも、上へ行けば行くほど研究費として必要な額は増えていくのですから、大学院へ行くという選択は、修士課程でさえも、かなり頑張らないといけないわけです。ところが、概要7の5つ目の回答にあるように、日本では大学院修了があまり価値を持たない、会社に入っても、大学卒の人と給料に差が無いかあってもわずかで、仕事内容も院卒であることがあまり考慮されないことが多いのが現実で、大学院へ行った意味をあまり実感できないことが多いのではないかと思います。
 これは、日本の会社にあまり専門職が置かれないということとリンクしていると思います。日本の場合は、いわゆる総合職と称するゼネラリスト的なポジションが主流で、スペシャリストのルートがないか、あっても傍流で、出世しない(できない)ことが多いのではないかと思います。
 しかし、院卒者は調査研究能力を身につけているわけですから、問題解決のための方法や手段を見つけることができるはずですし、研究することを訓練してきているわけですから、新しい分野を学んで、知識を身につけることも可能なはずです。ところが、日本社会がそれを使いこなせていないのです。専門家を軽視する姿勢は、今回のコロナ禍でいやというほど見せつけられています。日本学術会議問題もしかりです。
 このような中では、親がそこそこ金持ちで、子どもが学びたいことをとことんまでやらしてもらえることにあまり苦労がない環境で、すぐに就職できなくても食べることには困らない、ごく一部の人だけが博士課程に進学するのみで、多くは行っても修士課程までということになるのは当たり前です。報告書にあるように、「博士課程進学者を増加できる効果的な政策としては、博士課程での給与支給や就職後の給与改善が求められている」わけで、実際には、博士課程以前、学部段階での教育費の改善が見込まれないと、博士課程までたどり着く人が少なくなるのも、当たり前なのです。この部分を問題視せずに、博士課程への進学のところだけでは、根本的な解決は望めないはずです。

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